虚構日記 2023/10/21

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虚構日記 2023/10/21

 朝は普通に目が覚めた。どこへも連れ出されてない。  スマホで確認すると、昨夜ペッパーくんが送ってくれた画像や動画はネット記事になってるものと同じで、たしかに普通にプレスリリースされた搭乗型ロボットだった。  量産型だというし、なんの用途に使われるのか知らないけど。  姉に見せたら、ああと頷いた。 「私専用のは、もっとスタイリッシュだ」  と微笑む。  これを妹が、朝食のピザトーストをかじりながら眩しそうに見ている。  昨日、住民票をとったときにふと思い出したこと。  妹のバイト先の店長さんの送別会のあと、「ああいうお父さんがよかった」と妹が泣いた。  そういえば、書類上はサトルが、この姉が、父親なのだった。  もしかしたらサトルは傷ついただろうかとか、クールに受け入れてるように見えて妹は、やっぱり普通の家族に引き取られたかっただろうかとか、チラッと考えたのだけど。  妹の視線に気づいて微笑み返すサトルを見ていると、それはねえな、と思えた。 「専用のって?」  計画のことは詳しく聞かされていない妹が、2枚めのトーストに手を伸ばしながらたずねる。 「新しい車椅子だ。すごく強い」  嘘は言ってないんだろう。キッチンではかさばるレミが、卵を焼いている。  会話に聞き耳をたてているのは、たくましい背中の筋肉から読み取れた。  訓練のスケジュールを確認してから、コンビニに行くことにする。  姉の好きなプリンを、むしょうに食べたくなった。  コンビニのレジでは、なんだか久しぶりに思えるじいさんがうつらうつらと船をこいでいる。  奥さん手作りのフレンチトーストが復活している。  全部買い占めてしまいたい気分で、ふたつだけ取った。  ハムチーズをはさんだフレンチトーストは、あまじょっぱいので私の好物だけど、姉と妹はそうでもない。レミはどうだか分からないから、食べさせてみよう。  プリンは人数分、レジにもっていく。  目をしょぼつかせながらお会計をするじいさんが、レジ横の募金箱を見て、それから私の顔を見た。 「あんがとね」  ん、と財布をあけながら首をかしげる。妙にもじもじしながらじいさんが続けた。 「元気ンなったよ」  奥さんのことだろう。まさか、店に来る客がすべて、じいさんと奥さんのために募金箱に金をつっこんでいったと思っているんだろうか。  思っているかもしれない。  私も、みんなつっこんでいっただろうと思う。  あとになって考えると、店番をしていたおっさんが何か言ったのだろう。  店から出ると、薄曇りの朝、風が少し冷たい。タバコが吸いたくなって、灰皿のそばで自販機の缶コーヒーを飲んだ。  タバコは何年も前にやめた。  小説なんかじゃ缶コーヒーでも、「芳醇な香りが鼻腔をくすぐり」とか書いてあるけど、そういうのはどうでもいい。私のお気に入りはマックスコーヒーだ。  ガツンとくる甘さをちびちびすすっていると、カラスが駐車場に舞い降りた。  ジグザグのコースどりで、こちらへ向かってくる。  灰皿をはさんで隣に立ったカラスを横目で見た。  くちばしから頭を、フードのように後ろへはねあげる。羽のあたりから電子タバコをとりだしてくわえた。  瀬戸康史は兄です、と言われたら信じてしまいそうな甘い爽やかフェイスなものだから、 「タバコ、似合わねえー」  感想がそのまま口から出た。 「うっせブス」  色白の、くりくりお目々に罵られる。  これでもまあ打ち解けた気がするものの、海のむこうからやってくる百鬼夜行のことを聞くのは憚られた。  コンビニのじいさんや奥さんのうわさ話をカラスから聞いて、プリンがぬるくなる前に帰る。  訓練の話は、ここに書いていいのかまだ分からない。  夕食のときに妹が、修学旅行の班決めに文句を言っていた。それでも行けば楽しいんだろうけど、と口を尖らせている。  行っておいで。楽しんでおいで。お土産の木刀って、先生にダメって言われるかもな。そのときはいいから。生八ツ橋でいいから。  来月、日常が守れたら、姉2はそれでいいから。  おやすみなさい。
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