虚構日記 2023/10/23

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虚構日記 2023/10/23

 今日から仕事は休み。  オンラインで行う訓練は、指定された時間外でも申請がとおれば自主トレできた。  けども、まずはゴミ捨てだ。  カラス避けの網をめくってゴミ袋を放り込む。  バサリとカラスが舞い降りてきた。  見ると、三本目の足がある。エッチな意味じゃなく。  私と目が合うと、離陸した飛行機のタイヤのように、三本目は腹の下に隠れた。 「おはよう」  一応は挨拶する。あの瀬戸康史似のカラスのはずだ。  セトくんと呼ぶつもりだったけど、どこかにそんな神様がいたような気がするので不適切かもしれない。ヤタ様と呼ぶべきだろうか。  迷いながら見ていて気づいた。  妙に毛艶が良い。玉虫色に輝いている。セレブなおうちの飼い猫みたいだ。 「気づいたか」  得意そうに、羽根をひろげた。くちばしの下あたりには、あの可愛いくりくりおめめがのぞいている。 「キレイだね」  素直にそういうと、まるい胸をぐうっとそらしてみせた。 「海のむこうから、金髪美女が大挙して押し寄せてくると聞いたからな」  令和のコンプライアンス的に「金髪美女」ってどうだろうと首をかしげる。八百万の神様的には、ルッキズムは関係ないだろうか。  いや、それよりも。 「海の向こうから?」  それは、日本以外で具現化した、「八百万の神々」と名付けられた百鬼夜行のことではないでしょうか。  息苦しくなる。細く息を吸って、言葉を選んだ。 「あのう、そういう、噂が? その、ほら、八百万の神々ネットワークみたいなもので」  着実にこちらへむかっている異形の群れが、国内にすでに存在しているかれらと、どういう関係にあるのかはまるで分かっていない。  合流して、ともにこの国をほろぼす勢いなのかもしれない。実は敵対していて、そうだとしたら、ラグナロクがはじまるのかもしれない。  ベルセルクとゲゲゲの鬼太郎では、勝てる気がしないといったら失礼だろうか。  まさか、信じる力とか愛の力が勝利条件だったりするだろうか。  まだ元気玉のほうがいいんだけど。 「いまはどこにでもアマビコの目があるからな。いくらか渡せばってやつでいつでも奴の目を借りられる」  得意そうにバサリバサリと羽をふってみせながら、ヤタ様がつけくわえた。 「当然おまえたちも知っている、疫病の神のストーカーだ。まだとっ捕まえていないようだが」  返す言葉が見つからない。目をそらした先、ゴミ収集所のブロック塀に、近所の誰かが貼ったのだろうポスターがある。  ゴミ収集のひとへの感謝の言葉と、ピンクと水色に塗られた、アマビエ様の絵。くつくつと笑う声。 「昔のおまえたちは、もう少しものが分かっていたぞ」  陰がさして暗くなる。いつの間にか、カラスは私を見下ろすほどに大きくふくれあがっていた。  ひろげた羽の裏側は、吸い込まれそうなほどひたすら黒い。セトくんと呼びたいかわいい顔はくちばしの下に隠れて、大きく開いたくちばしの中もまた黒く、舌まで黒いのが見えた。  見上げると、羽と、朝の空との境界あたりが、黄金色に光っている。  すくみあがって動けないのに、それはやっぱり、 「ーーきれい」  墨の匂いがして、闇につつまれた。
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