虚構日記 2023/10/24

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虚構日記 2023/10/24

「ーーギャップ萌えと似た概念で、ギャップで油断、みたいなのなかった?」 「それは、ただの油断だ」  ですね。  姉の返事に安心して、目だけ開いて周囲を伺う。  どこかの検査室のような狭い部屋だ。ベッドも検査用の、身幅くらいしかないやつ。  実は小一時間ほど前から、意識はとっくに戻っていた。  意識が戻った、とバレてもよい状況かどうか確信がもてるまで狸寝入りしていたなんていったら、厨二病だオタク脳だと笑うだろうか。いや、笑うまい。反語。  なにかのモニターや検査機器を隅に押しやって、かさばる筋肉のレミが座っている。その膝に、姉がいた。  車椅子では入れなかったのだろう。さてはユニバーサルデザインじゃねえな。  服は、朝にゴミ出しのため外へ出たときの部屋着のままだった。検査着などではなく。  ヤタ様に、ゴミだめに放り捨てられたとばかり思ったから、たいして汚れが増えていないことに驚いた。 「玄関前に寝かされていたよ。物音がしたから外をのぞいたら、大きなカラスがインターフォンを押しているところだった」  妹が不用意にドアをあけ、ころがっていた私にぶつけたらしい。記憶にはないけど、めくってみると腰骨のあたりが青あざになっている。 「説明できるか?」  姉が腕の力だけでベッドに移動した。こんなときだけど、私も許されるならレミのように、姉を膝に抱いてみたいものだとふと思う。いい匂いするんだもん、こいつ。  漆黒の闇に抱かれて眠れーーなんて厨二病そのものなシチュエーションを思い出す。ヤタ様の逆鱗に触れた、そういうものではなかった。  ただの戯れだ。神と戯れることが可能だと、思い上がった人間をからかう、神様ジョークだ。こうして目が覚めたから、ジョークだなんて思えるのだけど。 「どうした。カラスにさらわれたのかどうかも覚えていないか?」 「あのカラス……瀬戸くんに似てて……テニプリは知らんけど、仮面ライダーの前から結構ファンだったから……」  警戒を怠った、私なりの理由を話したつもりだった。  姉がレミへ、くいっと顎で合図する。頷いたレミが、医療器具がのせてあるらしいワゴンを引き寄せ、注射器を手にとった。 「待って待って正気だから。てゆか何それ、中身なに?」 「それはトウコの状態しだいで調合する」 「いりませんいりません、要するに昔ファンだった子に似てたから深く考えずに気を許してしまいましたということなんですごめんなさいごめんなさい!」  人間、動揺すると無駄に二度繰り返してしまうらしい。  姉が、説明できるかと聞いたのは、昨日の朝にゴミ出しに外へ出て、今日の朝までどうしていたのか、という話だった。  しばらく気絶していた、くらいのことではなかった。  丸一日、意識がなかったことになる。  ヤタ様がインターフォンをわざわざ押したということは、どこかへ放り出すのでなく、確実に保護される方法で置いてくれたということだ。  かどわかされたのだろうが、何のために?  脳波も含めて異常がないことを確認してから帰宅したが、本当に、なにも異常はないのだろうか。  どこでどうつながっているのか、オンライン訓練のときには、昨日の朝から行方不明になっていた一件をペッパーくんも知っていた。インターバルのときに、からかってくる。 「本当に、キミなの?」  悲しいことに、FFⅩ-2のユウナのモノマネだと分かってしまった。渋々「そうだよ、シューインさ」と応じる。それから倖田來未の歌を同時にワンフレーズ歌った。  ドクター・ペッパーが飛び散るほど、手を叩いて喜ばれてしまう。まず缶を置けよ。 「いいねえキミ! このプロジェクトが終わっても生きてたら、結婚しない?」 「ド派手な死亡フラグ立てないでくださいよ、縁起でもない」  C-3POみたいな顔しやがって、とは言わない。C-3POだって、まあまあかわいいものだ。R2-D2のほうがかわいいけど。 「冗談はさておき、マジでなにも覚えてないの?」 「なにも覚えてないけど、ああ、でも意識がなくなる直前に、思い出したことはあって……」  報告することではないと思ったから、姉にもレミにも話していない。  ーー昔のおまえたちは、もう少しものがわかっていた……  嘲るように笑った。あれは、神々を畏れるよりも、加護を期待するのが主になった人間のことを笑っていた。  昔はそうではなかった、なんて覚えているのは、やはりなにかされたのだろうか。 「そもそも神々は、人間を愛してなどいないってことーー」  気まぐれに、なにかのひょうしに、愛することはあっても。  神々は、正しく祀らなければならない。  ご利益を得るためではなくて、災いを遠ざけるためーー  言葉を選んでいるうち、インターバルの時間が終わる。  モニターが16分割されて、訓練が始まる。画面のひとつひとつに、契約書にサインした奇特な人間たちがいる。 (あれ?)  一見して日本人という顔は、私だけだ。  オタクの念能力がどうこうと言っていたわりに、この比率はおかしい。どうしてこれまで、なんとも思わなかったのだろう。  画面のいくつかには、誰も映っていない。欠席か空席か、カメラにうつりたくないだけか。  そのひとつに、なにかが映った。たまたま注視していなければ見過ごしたかもしれない。  象の鼻をもつ美丈夫が、カメラ目線でゆうゆうと通り過ぎる。  続いて、青い肌をした美女が、派手に飾り立てた二対の腕を優雅にゆらし、後を追うように横切っていった。  私はバーフバリしか観てない。RRRのイベントをやっているのでなければ、あれは日本の神々ではない。  最初に百鬼夜行を連想したし、日本へ向かっているというから、当局とやらが八百万の神々と名付けたのも一理はあるかと思っていた。  あれはーー 「ーー痛っ」  眉間にあずきバーを突き刺される痛みが走った。まぶたの裏が臙脂色に染まる。  集中低下を示すアラートが点滅していた。  通り過ぎていった、私から見て異国の神々は、もう現れなかった。  訓練の終わりには、レゴブロックを踏んづけた顔のエディ・マーフィーから一言ある。ガネーシャを見たかと聞くつもりだったけど、あずきバーの件も聞かねばなるまい。  そのつもりだったのに。  この日、レゴブロックを踏んだ顔は現れず、誰も踊る神々のことを話さなかった。  妙な空気を残して訓練は終わり、なにもわからないまま、今日が終わる。  おやすみなさい。
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