虚構日記 2023/10/25

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虚構日記 2023/10/25

 週明けから喉の痛みを訴えていた妹の、咳がひどくなってきたから、私が病院に付き添った。  こんなとき「普通のご家庭」なら、高校生の娘はひとりで通院させるものか、まだ扶養されている身なのだからと年長者が付きそうものなのか。  普通のご家庭を知らないから、ちょっと迷う。  発熱はしていないからと、インフルエンザの検査もなく、処方箋を出してもらった。  薬の在庫がないからよその薬局へ行ってくれと言われ、薬局をハシゴすることになった。  三軒目でようやく、ジェネリックならなんとか用意できる、となった。  なにかが変な感じだ。  病院へ行く途中も、薬局からの帰り道も、消防車や救急車を何台も見た。  妹がいるからか、見上げた空にヤタ様の姿はない。  顔をあわせたらどんな態度をとればいいのかわからないから、それは好都合ではあったけど。  そんなことを考えていたからだろうか。  玄関先、入る前に癖で、振り返り周囲を見回したら、ヤタ様が舞い降りてきた。  うわあと変な声が出る。  先に中へ入っていた妹が、咳をしながら出てこようとしたのを押し留めた。  薬、飲んじゃいなさい、と白い袋を押し付ける。  えーダルいといいながら妹は、おとなしく中へ引っ込んだ。  何事もなかったように、ヤタ様は翼をひろげてみせている。 「ーーキレイですね」  それは素直にそう思えるので、そのまま口にした。こころなしか、くちばしの付け根のあたりから鼻息がもれたように見えた。 「おまえは、大事ないか?」  これもこころなしか、優しげなようだ。ひとさらいをしておいてよく言う。  病院へ行く前におさらいしていた、世界の百鬼夜行の現在地点を思い出す。  観測された限りのルートは、台風のように予想をはずれるところはあっても、疑いなくこの島国を中心点としている。世界地図に描かれた、不格好で、まだ完成していない集中線だ。  あれを見ても、「大事ない」といえるかどうかはさておいて、私自身は咳もしてない。寝不足のダルさも解消していた。 「まあ、はい」  そういえば、気絶は睡眠ではないのだから、それで疲労回復することはないと聞いたことがある。  案外、意識のなかったあいだは、かわいいカラスの七つの子と一緒にまどろんでいたのじゃなかろうか。意識を失う寸前、あのキレイな羽の、絹に似た感触にふれたことを思い出す。  結局のところ、敵なのか味方なのか、そういう概念など超越しているのか、それを確認できるのか、確認できたら何になるのか、ぐるぐる考えながらじっと黒く輝く瞳を見つめた。  開いたくちばしが、笑ったようだった。 「おまえは目立ちすぎる」 「ご冗談を」  会社じゃ、いるのかいないのかわからない存在だ。世間的に三姉妹ということにしているこの家でも、金髪の姉と青髪の妹にはさまれて、私のことはご近所がどれだけ認識しているだろうか。 「とりあえず、その触手を出したり引っ込めたり、振り回したりするのはよせ」  瀬戸くん似の顔を出して言われたら、ハイ、と両手を胸の前に組み合わせて頷いただろうけど。  羽の美しさのぶん迫力のある大鴉に言われたら、ケッと吐き捨てるか膝をついてひれ伏すか、二択が頭に浮かんでしまう。  忠告するなら、まずは一日さらっておいて、何をしたのかくらい話してくれても。 「振り回してます?」  うまくできてるかわからなくて、出したり引っ込めたりしている自覚はあったけど。  可視化はできていない。というより「触手」というと、エロいマンガで見かける紫とか青緑とか、あまり気持ちの良くない色ばかり連想してしまって、もう少しなにか無難な、白あたりで固定できてから可視化したかった。 「いまはとぐろを巻いて、家を取り囲んでいる」  それは、気まずい。  ヤタ様の姿を見たとき、とっさに、家の中にいるはずの姉やレミ、それに妹を守ったほうがよいのではと迷った。 「でかいソフトクリームになっているぞ」 「食べないでくださいね」  また、笑うようにくちばしが開く。 「最近は、猫カフェとやらに行っていないな」  いつから私を監視していたのだろうか。たしかにここしばらく、姉にも妹にもねだられていない。 「面白いやつに会えるかもしれんぞ」  そんなこと言われたら、尾が裂けてるやつしか思い浮かばない。 「ああ、そういうやつだ」  家をぐるりと守るソフトクリームの先っちょが、二又に分かれたのを羽で指す。相当強力らしいのは、ほかの訓練しているひとたちと比較して分かったものの、思ったものがそのまま影響するから、コントロールできないのは非常にマズイ。  アジア系の女性に対して侮辱的な発言をしたやつの、モニターが吹っ飛んで壊れたのは私のせいだとされていた。身に覚えはないけど否めない。  ヤタ様が飛び立ったあと、振り向いて家を守るつもりの触手を「見」る。  ソフトクリームといってくれたのは良かった。  むこうが透けて見えつつも、白でイメージが固定した。  振り回したり、しただろうか?  頭に浮かんだのは、ゴールデンカムイで人間の皮をかぶったやつ。すぐに、ナウシカが蟲笛を飛ばすシーンで上書きすると、なにかが飛んでいくのが見えた。  そういえば姉の戦闘用の車椅子とやらを見せてもらったら、やはりちょっとしたガンタンクだった。ドローンを背負って飛べたりしないかと、そっちの技術員に相談しているのを、レミが複雑な表情で聞いていた。  戦闘力的には、姉を飛ばすより地上戦のほうが活かせるんじゃないかな。  訓練の時間までまだ少しある。  相変わらず訓練内容は、公開可能な情報には含まれないことになっていた。  公開したら、案外戦闘可能な要員が増えるかもしれないのに。今からじゃ間に合わないということだろうか。  食事の下ごしらえを済ませたら、少し仮眠を取っておこう。  おやすみなさい。
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