虚構日記 2023/10/26

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虚構日記 2023/10/26

 9月27日にこの日記をはじめたから、民法なら今日で一ヶ月となる。はず。  民法、履修はしたけど成績はいまいちだった。  先生に報告したくて煙とパイプ亭をのぞく。  双子がキャッキャと元気にころげまわっている。客の中に先生の姿はなかった。  陛下がお出ましになっているなら、オリーおばさんだって何か言いそうなものだし、まさかノスフェラスだろうか。  沿海州という可能性もないではない。でも、カメロン提督が殺されて以来、あそこへはどうも寄り付きたくない私だ。  試しに広場で、NPCぽいひとに話しかけてみる。 「それなら星船じゃねえと行けねえって噂だぜ」  星船を噂する村人がいることに驚きだが、要するに現時点では行けないということだろう。ゲームなら、なにかイベントを消化しなくてはいけない。  それとも、ここで私の能力とやらが使えるだろうか。  数秒考えて、空を見上げてため息をつく。  ここにはヤタ様らしき鳥影はない。  触手は、出そうと思えば出るだろうか。黒魔道師のグラッチに見つかってしまいそうだ。  見上げた空の一部が、パチパチと毛羽立つ静電気のような、妙な変化を見せているのに気づいた。  遠くを旋回する鳥の群れの羽ばたきに似ている。  薄気味悪く感じるのは、それが無数の目の瞬きを連想させるからだ。  かぶりをふって、街に目をもどす。  さっきから違和感があるのは、動き回る姿が全部、NPCのようだからかもしれない。  意味もなく右往左往して、たまにほかの誰かとぶつかると、気をつけろ、とか、場違いな天気の話などをして、何事もなかったように離れていく。  子供の頃、鏡の中の自分を油断させ、よそに気を取られたふりをしてから、パッと視線を戻すなんてこと、誰でもやったことがあると思う。  空を見た。  パチンと閉じた空の裂け目の向こう、たしかに見た。  歴史か文学史の便覧に載っている顔。  テストで、タネアツかアツタネかどうしても思い出せなくて、マイナスされたから覚えている。どっちだったかは覚えていない。  本居宣長に心酔していたと何かで読んだから、腹いせにカップリングしてBLのSS小説を書いてやった。腹いせとはいっても、秋田を出奔したという経歴に共感したからであって、かつてのナマモノであろうと考え、ドギツイ描写は入れていない。プラトニックだったんじゃないかな。文芸部でまわし読みにした。  まさかそれで恨まれているということはあるまい。たぶん。  閉じた空にしばらく目を凝らしていたら、思い出した。  日本は霊気で満ち満ちている。この世の生を終えた魂もすべて、この地を去らず、近しく、生者とともに存在しているのだ……とか、そんなことがどこかに書かれていなかっただろうか。  あたりを見回した。  先生の姿は、やはり見当たらない。  百鬼夜行は、どこから来るのだろう。  オタクコンテンツが思念の力を得て具現化したのだ、とかなんとかいう仮説を鵜呑みにしていた。というより、そこを疑って、なにか対策のとりようがあるとは思えなかったから、疑う労力をケチった。  八百万の神々だって、かつてこの国にいきていた魂ではないのか?  熱いものを飲み込んだように、火傷で肝を冷やすように、混乱した感覚につらぬかれた。  ゾンビーランドはまっぴらごめんだ。  でも、あるべき姿で具現化するというなら?  思慕したひと、今も敬愛するひと、会いたいと願ってかなわないまま見送ったひと。  姿かたちを伴って、戻ってくるというなら。  百鬼夜行の、可能性。  弾き飛ばされるように、夜の窓辺に私はいた。  月がきれいだ。  訓練には、一部TMS治療を応用したものが使われているということが、公開可能な情報に加わっていた。  おやすみなさい。
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