虚構日記 2023/10/27

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虚構日記 2023/10/27

 TMS治療の応用が、なぜ公開可能な情報になったのか。 「実戦に使えることが、だいたい証明されたからだよ」  今日もドクターペッパー片手に、赤毛のサムソンが教えてくれた。  ずっとペッパーくんと心で呼んでいたけど、オンライン訓練の16分割画面に名前が表示されるようになった。  もっとも、それが本名とは限らないらしい。 「52号も、戻ってきたしね」  私からは右の隅にうつっているのが、「52号」という名前になっていた。  そういえば昨日はいなかった気がする。  ペッパーくんが(やっぱりこの方が呼びやすい)52号に接触したらしい。  シミュレーションの最中だった52号が、肩をゆすってなにかこたえている。  その目つきが、気にかかった。  異様に、澄んでいる。  海江田艦長みたいだ。  私には声は聞こえていないけど、最高だよとかなんとか言っている気がした。  52号とのやりとりを切り上げて、ペッパーくんがこちらに音声を戻す。 「能力を底上げさせることに成功したらしい。ああ、僕やキミ、あともう一人の三人は対象外。三人で、集まったメンバーの出力8割方は出せる、いわば上澄みだから。賭けに出るか温存かで、後者をとったってわけだ」 「ヘタにいじってダメになったらって?」  なんとなく目だけ動かして、モニターにうつるほかの面々を伺う。  契約書にサインしたという段階では、16分割はすべて埋まっていた。  途中、誰も映っていなかったりもしたが、同時刻に訓練している必要もないのだろうと気にもとめていなかった。  なにしろ、このモニターに集っているのは、基本、後衛だと聞いている。後方からの援護射撃。  作戦当日だって、顔を合わせることはないかもしれない。  いま、モニターには空白の箇所はいくつかあっても、こちらを向いている顔の目は、不穏なほど光っているように見えた。対になったピンホールカメラが、いくつもならんでいるみたいだ。  私を見ているわけではないと、分かっていても、首に両手をかけられている心地がした。  ドクター・ペッパーの臙脂色だけを見て、聞いてみる。 「平田……あれ、アツだっけタネだっけ……あの、仙境異聞とか、読んだことある?」 「ヒラ……なに?」 「天狗小僧とか」 「坂東眞砂子?」 「えっ、天狗小僧でなにか書いてる? ホラー読まないからノーマーク」  ペッパーくんはジャパニーズ・ホラーにも造詣が深い(と自分で言った)。つまり、死亡フラグを回避してもこいつと結婚はまっぴらだ。リングシリーズはSFだからギリ読めた私には、絶対無理。  ジャパニーズ・グラチウスっぽい登場をした国学者のことを話すのは諦めた。話したところで、仮説とよべるほどには考えがまとまっていない。  訓練の終わりには、レゴを踏んづけたエディ・マーフィーみたいな軍服が現れて、熱のこもった演説をした。いつもあんまりいかめしい顔をしてるから、どうしても愛称をつける気になれない。レゴ踏んマーフィーとか。  モニターに、3D映像で地球儀があらわれ、ゆっくりと回転する。  世界各地で発生した、一般には目に見えない百鬼夜行が点で表示され、極東の島国へと進行していく様子が再現された。  進行速度は様々だ。海中に潜ったあたりは、推定進路として点滅する線で表されている。  そういえば、ハロウィンが「Xデー」であるとは、公式には聞いていないはずだ。  ただ、性質上、それっぽいなと連想していただけ。  そうではあったけど、こうして動いていく様子を見せられると、だいたいあと何日であのへんに到達するからやっぱりそう、と目算できてしまう。  今年は例の自治体が、ハロウィンのイベント会場ではない、と広告を出した。  当局から通達でもあったのか、関係があるかどうかはさておき、なにが起きるか例年以上に予測がつかない。  ーーこの世界線には五条悟がいないからなあ。  演説は続いていたので、テキストチャットでペッパーくんがぼやく。  ーーコミックス派?  ーーアニメ派。  ーー私、本誌派。ジャンプ毎週買ってる。  返信に、やや間があった。  ーーネタバレは、国際犯罪だ。  しませんよ、と呟いてモニターに視線を戻す。  百鬼夜行の進路上にあった湖が、一夜で干上がったという画像が映っていた。  上流の河には変化がなかったため、干上がったといっても、水位が一時的に下がったようにしか見えず、ニュースにもなっていないとか。  そのかわり、ずっと離れた場所の田舎町で、空から大量にフナが降ってきたというのがSNSの一部で話題になったそうだ。  ハロウィンで集まったひとびとをーー外国の、霊魂がかえってくるというお祭りを祝うひとびとを、吸い上げてどこかへ飛ばしてしまうのだろうか、当局のいう八百万の神々は。  もしも昨日見た平田氏(下の名前はあとで検索する)が黒幕なら、やりたいことは、そうではない気がする。  神々も霊魂も、この地で折り重なり抱きしめあうように生きていくのを、夢見ていそうだ。  いったい何から何を守ろうというのか、私は最初から分かっていない。  ただ来月、妹が無事に修学旅行へ行って、楽しんで帰ってこれる、日常を守りたい。  おやすみなさい。  良い夢を。
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