虚構日記 2023/10/28

1/1
前へ
/35ページ
次へ

虚構日記 2023/10/28

 ハロウィンまであと数日というところで、当局から健康診断を命じられた。  なんとなくイヤな感じで、ペッパーくんに連絡してみる。  私とは違い意外にコミュ強なペッパーくん情報によると、TMSを受けなかった3人だけでなく、全員が対象ではあるらしい。  それはカムフラージュで、やっぱり全員TMSを施そうという魂胆かもしれないけれど。  昨日見た、いくつもの、禅僧のように澄んだ目を思い出す。禅僧、リアルで見たことないけど。  大沢たかおの海江田艦長は、明日劇場公開だ。観る余裕はあるだろうか。  血を抜かれ、エコーやMRIを受けて、結果、いくつか良性の腫瘤が見つかったという。要経過観察、という紙をもらった。  百鬼夜行が終熄したら、もう一度経過を見ようということだろうか。八百万の神が人体におよぼす影響?  当局がやったことはもうひとつ。  探していた私の母親が見つかったそうだ。  私は頼んだ覚えはないし、今更なにをするのかと思ったら、妹のことを頼むためだった。  生き延びる気、満々だったせいで、マオの修学旅行の支度のことは気にかけても、万が一ーー万が一のことは、頭になかった。  話はファミレスでレミから、事後報告となったことを詫びながら聞かされた。  姉も妹も同席している。  いつもは姉をうっとり眺める向かいに座っていた妹だけど、先日隣りに座ったとき、それも悪くないことに気づいたのかもしれない。  良い匂いするし。  それか姉の介助を、レミと奪いあっているのか。  おかげで私の向かいに三人、車椅子の姉をはさんでレミと妹ーーややこしい話し合いがもたれてるようにしか見えない絵面になった。  母のところへは、ここでもレミが、戸籍上の私の夫ということになって、養子にしたマオのことを頼むと頭を下げにいったという。  娘である私の養子ということは、まあ孫にあたるのだろうけど。若いうちに私を生んだ母親にしてみれば、遅くに生んだ娘くらいの年の差ではある。  チキンレースで死ぬタイプの母は、ゴスロリが戦闘服であるマオのことを、めちゃくちゃ気にいるか、無関心で、一時的な養育であれ断るか、どっちかだったろうと予想した。  母は、マオのゴスロリ姿を一目で気に入り、可愛い可愛いとはしゃぎ、それからレミに向かって言ったそうだ。  ーーあのひとの子ね。  これは想定していなかった。  今は彼氏もいない、一人暮らしというのも意外だったけど。  ーーこの子と、私の娘の藤子は似てないわ。けど、どちらもあのひとに似てる。ーーなんて面白いの!?  グッとガッツポーズをとって口角をあげるところは、トウコにそっくりだったとレミが言う。  そんなクセ、私にありましたっけ。  肝心のマオ自身はどうかというと、満更でもない顔をしている。  ただ修学旅行には行けるのか、学校やバイト先まで変わるのかということが心配で、そこは近隣に母とマオが暮らすための家を当局が用意したそうだ。  母はいまは在宅で翻訳の仕事をしているそうで、ネット環境とPCと、資料を置けるスペースを欲しがった。  私と姉は、レミの仕事を手伝って、10月31日から数日、家をあけるということになっている。  三人とも、未成年の子を置いて都内へハロウィンパーティーに繰り出すと疑われるタイプではなくて良かった。  姉はエアガン打ちまくってゾンビ狩りしていいなら行きたいとか言い出すタイプだけど。  ファミレスのトイレで、あまり好きではない自分の顔を鏡の中に覗き込んだ。  目は、澄んでいるとは言い難い。寝不足で疲れている。  とはいえTMSの効果は、即座に現れるものでもないらしい。ひとの心が聴こえたらとかなんとかいう本で読んだ。  MRIのときに、やっぱりなにかされたんじゃないかと当局を疑っている。  久しぶりに母親の消息を聞いたというのに、そのことはたちまち忘れかけていることに気づいて、ちょっと笑う。あのひとはなにしろ生命力が強いから、マオも大丈夫だろう。  鏡にうつる私の背後に、そのときひとかげがあらわれた。  この時代にはありえない、コスプレでもあまり見かけない装束。  テストで書けなかった、平田篤胤の文字が頭のなかでネオンサインになる。  シンプルに悲鳴をあげるべきだ。それなのに私の喉は、同時に浮かんだ選択肢のいくつかで迷っておかしな嗄れ声をもらす。  天狗小僧なら、オレのとなりで寝てるよ? ダメだ○される。  本居宣長とのBL書いてごめんなさいでも薄い本にしてないしノートに書いただけだし……ダメだ○される。  ここは女子トイレですよ? 通用すんのかそれ。  横顔を見せていた影が、ゆっくりこちらを向く。  ドールの魔導師グラチウスの顔を想像していたのに。  トパーズ色の目が、私を見た。  グイン陛下。  私はトイレの床に膝をついていた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加