虚構日記 2023/10/29

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虚構日記 2023/10/29

 意識がもどったときは、もう夕方だった。  一度目が覚めたとき、マオの制服にアイロンをかけなくちゃとか、うわ言のように言ったらしい。  レミはマオのアイロンがけを手伝い、姉は当局に、やっぱり健康診断と偽ってなにかしたのかと探っていたそうだ。  現状、TMSを使って今回の作戦に有利になるよう脳をいじるには、慎重に部位を選択する必要がある。以前にもMRIを受けたことのある私に、不審がられないよう騙して行うのは、不可能だったろう。  ファミレスのトイレで意識を失う前に見たものを思い出す。  渾身のコスプレだったろうか。  それとも、邪魔をするなと、警告だろうか。  百鬼夜行が実現したとき、この国がどうなるかをあらかじめ見せたのだろうか。  押し寄せてくる異形の群れは、海面下に潜っているものもあれば、海上を移動してくるものもある。  八百万の、と呼ばれるほどには、もはや日本固有っぽさを残していない。そう思いたいところだけど、多くが日本のアニメやゲーム、マンガが供給してきたイメージの群れだというのは否めない。  ピンクのユニコーンだって存在してると言ったのは、『世界は存在しない』の作者だったっけ。  ひとびとが夢想したあらゆる存在が、この国で形を成してハロウィン・パーティーするとして、そのとき起こるのは、現実との対消滅か。 「……ちょっと何言ってるか分からない」  天井をあおいで、暴走する思考を一時停止した。  モニターの前で、当局のお出ましを待っている。当日の配置を説明するーーブリーフィングっていうらしいーーそうで、姉とレミもいた。  ペッパーくんが耳ざとく、というかミュートにしない私が悪いのだけど、 「ありのまま、今起こったことを話すぜ?」  とポルナレフのセリフをひいてきた。 「……たしかに、何を言ってるかわからねーと思うし、私もなにをされたかわからなかったけども」  そもそも、バナナマンだ。日本のお笑いには詳しくないのだろう。  昨日からのは気絶だったのか途中から睡眠だったのか、寝すぎたときのような頭痛にまだ悩まされながら、目頭をもんだ。 「ペッパーくんはさ」  言ってから、しまったと思ったが、そのまま続ける。 「どうして、この作戦に参加することになったの」  ペッパーくんが、一拍置いて、いつもひろゆきの動画みたいに斜めの角度から、まっすぐ正面を向いてきた。 「ベルセルク、好きなんだよね」  一瞬で、頭の中に警報が鳴り響いた。  オンラインでもそれは伝わったらしい。違う違うとドクター・ペッパーの缶を左右に振る。 「トウコにも、あれはベルセルクに見えた? あれが具現化して日本に向かってると聞かされたときーー」  そこからは、ペッパーくんはオタクらしく饒舌になった。  ざっくりまとめると、物語の続きが繰り広げられるという推測は、最初、かれを高揚感でいっぱいにしたけれど、そんな形の終わりを、見届けたいだろうかという自問自答が始まり、 「なんか違う、って思ったし、それに日本消滅しちゃったら、供給が断たれちゃうコンテンツもいっぱいあるし?」 「消滅しなかったら?」  この国が、死者さえよみがえらせる、あらゆる夢想と妄想のバーチャル空間になったら。  その代償として、いま現実に存在しているものが消滅するとしたら。  夢想も妄想も、この国の専売特許なんかじゃない。  供給が断たれるわけじゃない。  ペッパーくんがなにか言いかけたとき、ブリーフィングが始まった。  薄々そうだろうと思っていたことだけど、集まってくる百鬼夜行は、海岸線から上陸するわけではない。この国の瘴気(姉が瘴気って訳した)に触れると、ある一点に吸い寄せられる。ひとが最も集まり、異形の妄想にふけっている場所に。 「もしかして」  さすがにミュートにして、姉とレミを振り返って聞いた。 「ハロウィンの日に集まらないでって、当局としては、集まってもらわないと困ったりするやつ?」  分散したら、百鬼夜行も分散して、作戦が機能しなくなるのでは。 「当局は静観だ。カリギュラ効果で、むしろ集まるだろうと予測している」  私は黙ってブリーフィングに意識を戻した。  これは、公開可能な情報だったろうか。  そうであってもなくても、どうせあと2日のことだ。  おやすみなさい。
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