虚構日記 2023/10/30

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虚構日記 2023/10/30

 明け方に、父親の夢を見た。  なぜか同じ職場で働いていて、おまえもこっちに来ちまったかと笑った。 職場は戦場だった。  ほとんど記憶にない父親の顔は、母と違ってチキンレースで死にそうなタイプではなかった。  目が覚めたらもう昼で、レミが昼食を作ってくれた。  ここしばらく、妹の世話も姉の介助も、かなりの部分をレミが負担している。  私の時間が訓練でとられているとはいえ、そのために仕事を休んでいるのだから、申し訳なくないこともない。  麺がモチモチした焼きそばをかきこみながら、今更なことを聞いてみる。 「君たちのお父さんにはじめて会ったのは、僕がまだ一介の民俗学者ときのことで、フィールドワークの最中だったよ」  では、傭兵になったのは父の影響なのか。 「いや、傭兵はもともと趣味が高じて副業的にやっていたのだけど、いまは民俗学のほうが副業」  よく知らない世界のことだから、そんなこと有り得るのかと突っ込むのはひかえた。そのくらいの慎ましさはまだ残っている。 「この計画に乗ることになったのも、僕のそういう経歴が役に立つからだろうね」  ついこの間までは、そう言われてもピンとこなかっただろう。  今は、言語化はできないけれど、どこかでつながるものがあることを感じ取れる。  この国なのだ。言祝(ことほぎ)(わざわい)も。  空気という形のないもので簡単に右往左往する。  だからここへ集まる。  空気があるから。  かれらが呼吸できる空気が、ここにはあるから。  麦茶をおかわりして、モニターの前に座った。  16分割のほとんどは、移動中らしく黒いままだ。  今日から北海道、青森、九州に配置されるという。  最大出力を得るには、最低限それくらい近くには置いておきたいらしい。  おそらくはこれで最後になるシミュレーションを、数時間こなした。首の後ろをもんで、大きく伸びをする。 「ーー渋谷で一番高い建物ってどれだっけ」  こたえてくれるペッパーくんもいまはいないが、ついひとりごちた。  そこからなら、ガンタンクに乗った姉を見ることができるかもしれない。 「そりゃあ、伏黒のパパが召喚されたとこでしょ」  そっくり返っていたゲーミングチェアから跳ね起きる。  海外勢は全員、日本へ移動中のはずだ。そう思って、モニターのなかに探しもしなかった。 「だから、仙台なんで、ここ」  返す言葉がない。日本語がペラペラなことを、オタクの共通語だからなんて姉のテキトーな説明を信じて疑わなかった。 「……伏黒パパを、召喚獣みたく言わないでいただきたい」 「攻撃力では似たようなもんでしょ」  そういえば百鬼夜行のなかには、召喚獣の姿も結構あった。  異形と一括りに形容してはいても、あれはすべて、誰かの想像で求められ召喚された、愛すべき怪物たちだ。  私はシンプルに、人々を守るんだーなんてことで小宇宙(コスモ)を燃やせない。  混沌とした物語の続きを、見届けるのは私ではなくてもいいと思ってしまう。  迷いをここで口にしたら、当局にバレるだろう。今からTMS装置にぶちこまれるのはイヤだ。なんか怖い。  ペッパーくんの嫌がる、今週ジャンプの内容を匂わせて話をそらす。お互い、明日の話にはふれないまま、おかしなテンションで会話し、連携シミュレーションを一度だけやった。  夕飯はカレーだった。 「マオ様特製!」  と妹が胸をそらす。  ほうれん草がたっぷり入っていて、隠し味は味噌だ。じゃがいもは冷凍の「インカの目覚め」で、とても甘い。  鍋いっぱいに作って、明日はあの母親と暮らす家に持っていくそうだ。 「帰ってきたら、また作ってあげるからね」  青髪をうしろでひとまとめにした妹の姿に、ふいに目から鼻水がたれそうになった。たいしてスパイスの効いてるわけでもないカレーに、目も鼻も熱くて仕方がない。  カレーしか作れないじゃん、というツッコミが、姉からも私からもないことに、妹が薄気味悪そうな顔をする。  ああ、忘れっぽくてやんなっちゃう。  妹の、来月の修学旅行を守りたい。  それだけでいいやと決めたんだった。  おやすみなさい。
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