虚構日記 2023/10/31

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虚構日記 2023/10/31

 朝から頭痛がした。  オーブンレンジが壊れて、修理は三日後の予約になった。しばらく留守にするんじゃなかったのかとマオに訝られて、予定が早まるかもしれないし、と誤魔化した。  タブレットに表示された地図に既視感がある。  ちょっと首をひねってから、劇場版名探偵コナンだ、と思い当たった。  ハチ公の周囲は封鎖され、光る誘導棒をもった警官の数がすごい。信号が青になるたび、歩行者を通すのに運動会のゴールテープのようなものをひいている。  想定されていたよりは、だいぶ静かだ。空気は冷たいのに風がなくて、ここまで喧騒が聞こえてこない、なんてこともあるだろうか。  カリギュラ効果はなかった、と見るのはまだ早かった。深夜にかけて、まだ分からない。  動画サイトではスクランブル交差点がライブ配信されている。まだ路面が見えているものの、これがそのうち仮装した人々や、仮装の元ネタである存在たちが埋め尽くす。  人が増えるたび、夜がふけるごとに、頭痛が強くなっていく。  ここへ顕現するはずのすべての妄想たち、夢や憧れや祈りの具象化を、不格好な白い触手で巻き取り、包み込み、飲み込みかえしてやるイメージ。  キャパオーバーで破裂しそうなのは当然だ。  有線でつないだ通信端末から、姉やレミたち前衛部隊の配置が完了した連絡が入る。  切り替えのノイズのあと、姉のガンタンクに同乗しているレミの声がした。 「朝の続きを聞いておきたいんだ」  壊れたオーブンのことかととぼけるのはやめておいた。 「今日で世界がーー少なくとも自分自身という存在が終わるとしたら?」  心理テストか自己啓発本にありがちな質問だ。宗教観の異なる私や妹がなんとこたえるのか興味があったという。  妹は最初シンプルに、なにもしないとこたえた。それからすぐに、  ーーでも、せっかくだから、行きたいとこは全部行っておきたいなあ。まだ行ってないバンドのライブとか、イベントとか、会いたいYouTuberもいるし……。  私も、なにもしないと言ったあと、こまかいことは言葉をにごしたのだった。それより姉のこたえを聞いてみたかったが、それは過去にレミにこたえたときから今も変わってない、というのだった。 「あの場で言えば、マオの答えを否定するみたいになるから……」  妹はあれでいいのだ。まだ十代の健全なこたえだ。 「私は、全部をやりきったーなんて、そんな状態は怖いと思っただけですよ……」  人生の終わりを迎えるとき、行きたい場所にすべて行き、会いたい人にすべて会い、成し遂げたい夢をすべてかなえたと言い切れるならーー  その次の日、もし生きてたら、どうやって生きていけばいい?  もうなにもないなんて、地獄じゃないか。 「思考実験なんだから、そういうのは無しなんだけどね」  思ってたんと違う、みたいなレミの声に、姉の笑い声がBGMとなって聞こえる。 「ああ、でも、もしその瞬間に、できる妄想はすべて妄想しつくしたと言える私だとしてもーー」  また姉が笑っている。姉の声が好きだな、と不意に思った。 「次の日、生きてたら、また新しい妄想をすると思うんですよね」  だからいまは、現実を貪食しようとパーティーに集ったみなさまがたには、ご退場いただこう。愛も、後ろめたさも、また生まれてくるから。  頭痛が強くなり、地上のざわめきがふくれあがった。  行ってきます。  またあした。  おやすみなさい。 
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