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或る夜のスナッフフィルム
「先生お見えになりました」
「おはようございまーす」
「おはようございます!」
「お早う」
外は夜だがスタジオではそんな挨拶が飛び交い、大勢のスタッフが忙しそうに走っている。
スタジオ隅のテーブルでは、さっそく先生を中心に数名のスタッフが集まり打ち合せを始めた。
そこへ腰を低くして笑いを浮かべたマネージャーの男、そして緊張感の無さそうな若い女性がやって来た。
「あ、先生おはようございます。モデルのアミです」
「アミですよろしくおねがいしまぁす」
「よろしく。撮影コンセプトはこんな感じでいくので目を通しておいてくれ」
「えー!アミ難しいのはやだなぁ」
「大丈夫だよアミちゃん、先生がイイ感じに撮ってくれるからね」
「ええ本当ぉ?」
先生は、焦茶色の髪を短く整え清潔で上品な見た目だ。それに加えて碧眼の瞳。少々気難しいところはあるが、ルックスの良さがすべてを丸く収めているのは間違いない。
その顔立ちに微笑みを浮かべて、アミと呼ばれたモデルに声を掛けた。
「僕の腕前を信用してほしいな」
「やん、アミ頑張りまぁす!」
アミの目にハートマークが浮かぶ。なるほど、今回のターゲットはアミで決まりのようだ。
撮影後数日経って、アミと連絡が取れなくなった。と一緒にいたマネージャーは疲れ切った顔で話す。
「さんざん探しましたよ。そりゃあね。アミはもともと勝手にふらふら出かけてしまうこともよくありましたから、最初はいつもの遊びだろうとメッセージだけ入れていたんですけどね。次のスケジュールの前日になっても既読がつかないので、また叱らないと分からないか、と電話したが通じない。マンションへ行き、合い鍵を使って中に入ってみたら、スマホを置きっぱなしにして本人が居なくなっていまして。心当たりに聞いても探しに行っても、誰も知らないって言うんです。いえ違います。アミのことを知らないって言うんです。そんなわけないでしょう? 売り出しはじめとはいえ、アミはモデルですよ。若い子には多少なりとも人気が出ていましたし。一番腑に落ちないのは、ご両親がアミのことを知らないと言ったことですよ。社長もそんなモデルを雇った覚えはないって。何。何なんです? 僕がマネージメントしていたのは、あの晩、撮影スタジオに連れて行ったのは、誰なんです? あのスタジオでの撮影から、何かがおかしいんですよ」
そう切々と訴えていたマネージャーも、その後行方不明になった。
数ヶ月経って、ある一本の映像が投稿サイトで話題となった。誰かが通報したのかそれはすぐに削除されてしまったが、一部の視聴者は特別な方法を使って保存し、特殊嗜好者の集う深層ウェブで密かに公開されているようだ。
青白い月のアップ、そして少しずつ引きになるところからそれは始まる。
場所はどこかの暗がり。さきほどの月が弱弱しい光を与えているところを見ると、屋外なのだろうとは想像がつく。
「ここはどこ……」
若そうな女性の声だ。どことなく不安げに声が揺れている。
それに対する返事はない。映像は無言で暗がりを映し続ける。か細い月明りに何かが照らされ、きらりと光った。
「ぎゃっ……」
一瞬叫び声が暗がりに響き渡り、それはすぐに何かで阻止された。代わりにぐちゃりという音が聞こえ、地面に重たいものの落ちる気配がした。
映像は定点カメラで撮影しているのだろうが、女性の声なき後、何者の姿も見えない。カシャッカシャッと何かを撮影しているようなそんな音が画面から聞こえてくるばかりだ。
女性は何に遭遇してどんな目に合ったのか。月明り程度の光量でははっきりとしたことが分からず、それが余計に観る側の想像力をかき立てる。
映像の最後に、一枚の現像された写真が映し出された。非常に芸術的な構図だが、内容はとてもここには記せない。
「先生、今日もよろしくお願いします」
「ああよろしく頼むよ、モデルは君かな」
「はい。エリと言います。よろしくお願いします」
「さっそく撮影を始めようか」
終わり
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