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夜の海は、ひんやりしていて、足元を打つ波は少し冷たかった。
「採れるかな・・。」
りょう太は頭の上に小さなライトを付けて、右手に網を持ちながら隈無く砂地の海底を見て回った。膝下の水深だと、光が当たった部分は砂地の波紋がくっきりと見えた。時折、小魚がサーッと泳ぎ去ると、りょう太はビクッとした。それでも、何とか蟹を見つけようと、りょう太は中腰になりながら、ひたすら砂地に目を凝らした。
「痛ててて。」
ずっと同じ姿勢で集中していたので、りょう太は腰が痛くなった。そして、一息つこうと、腰を伸ばして夜空を見上げた。
「満月かあ・・。」
遠くの海では漁火が煌々と灯っていた。そして、頭上からは月の優しい光が降り注いでいた。今のところ、収穫はゼロ。りょう太は一息つこうと、砂浜に戻って網を放り投げると、砂の上に腰を下ろした。そして、月を眺めながら、
「そういえば、爺ちゃんがいってたな・・。月夜の晩は、蟹の実入りが悪いぞって。」
そう呟きながら、りょう太は辺りを見回した。向こうの堤防で釣りをしている人が僅かにいるだけで、辺りはりょう太以外、誰もいなかった。どおりで今晩は海を独り占め出来る訳だと、りょう太はそう思いながら、砂の上に寝転がった。
「こう明るいと、星も見えにくいな・・。」
そんな風にぼんやりと空を眺めていると、りょう太の瞼が下がってきた。このまま寝てしまうのも悪くは無いかなと、そう思いかけたとき、
「こんばんわ。」
誰かが声をかけてきた。女性の声だった。
「あ、はい。」
りょう太は驚いて、体を起こした。すると、後ろの黒い森を背景にして、涼しげな格好をした女性が一人立っていた。
「こ、こんばんわ。」
りょう太も気後れしながら、挨拶をした。
「何採ってるの?。」
女性は、りょう太が放り出した網を見ながらたずねた。
「あ。蟹。採れないけどね。」
今日の成果は見ての通りだといわんばかりに、りょう太はそういうと、海の方を見つめた。すると、
「此処、いい?。」
そういいながら、女性はりょう太の横に、ちょこんと座った。声をかけられた時は驚きで気にしていなかったが、間近で見る女性は、何か不思議な感じだった。丘の方からやって来たはずなのに、ショートの黒髪は少し濡れているようだった。そして、
「綺麗な横顔だなあ。」
すーっと通った鼻筋に、少し青みがかった大きな瞳。ツンと上向いて物憂げな唇。何故かりょう太は体を血流が駆け巡るような、そんな感触を覚えた。さらに下の方に目を遣ると、女性は今にもはだけそうな、淡い色のシャツとパンツ姿だった。それ以上は、何か見てはいけないような気がして、りょう太は再び海の方を見つめた。
「何処から来たの?。」
女性がたずねた。
「近くの家から。先週、越してきたんだ。」
「そう・・。」
「キミは?。」
今度はりょう太がたずねた。
「アタシはずっとこの辺りにいるの。」
「ふーん。そうなんだ。」
りょう太は此処に来てから、海へは何度も繰り出していたが、彼女に会うことは無かった。なので、一度も会わなかったことを、少し不思議に思った。
「さて、もう一踏ん張りしてみるか。」
薄着の女性とこのまま夜を過ごすのは気恥ずかしかったので、りょう太は再び網を握って、海に戻ろうとした。すると、
「ねえ。」
そういいながら、女性はりょう太の腕を握った。ひんやりとした感触に、りょう太は驚いた。
「もっとお話、聞きたいな。」
女性はそういうと、首を傾げながら、りょう太の顔を見つめて微笑んだ。どうせ海に戻っても蟹は採れないだろうし、仮に採れたとしても、実入りが良くないって聞くし、それならいっそのこと、彼女と夜更けまで語らうのも悪くは無いかなと、りょう太は思った。そして、りょう太は再び砂の上に腰を下ろすと、
「何の話がいい?。」
りょう太は女性にたずねた。
「どうして越してきたの?。此処に。」
彼女がいった。
「解んない。先週まで都会にいたんだけど、急に実家の方に引っ越すっていわれて。でも、父さんと母さんが隣の部屋で話してるのが聞こえたんだけど、仕事が上手くいかなかったとか何とかいってたなあ。」
りょう太はゴミゴミした都会よりも、爺ちゃんのいる実家で過ごせる方が、よっぽど楽しかった。りょう太は子供心に、父が都会で人付き合いしながらやっていくのが苦手なんだろうと感じていた。仕事から帰ってきてもいつも不機嫌で、たまにお酒を飲んでは母に当たる様子を、何か重くて悲しい気持ちで見つめていた。そして、何時の頃からか、父が窶れていくのが窺えた。そんな矢先の、突然の引っ越し。りょう太はこれで、何もかも上手くいくかも知れないと、淡い期待を抱いていた。
「で、キミは?。どの辺に住んでるの?。」
「海の側。」
彼女の言葉に、りょう太はやはり戸惑った。この辺りに家はそんなに無いし、越してきてから毎日海に来ていたら、一度ぐらいは姿を見てもよさそうなものだった。しかし、今日の今日まで、それは無かった。
りょう太は、何かあまり立ち入ったことを聞いてはいけないのかなと、そう思った。自分だって、家のことをとやかく聞かれるのは、あまりいい気はしないし、だからこそ、先に自分のことを述べることで、それ以上聞かれずに済むようにしたのだった。しかし、彼女のそれは、自分とは少し違うような気がした。
「じゃあ、この辺りで、いつも何してるの?」
りょう太はたずねた。
「ずっと、海を見てるの。お日さまが昇って、向こうの方から明るくなり出して、お昼が来ると、ぽかぽかと温かくて。そして、だんだんお日さまが沈んでいくと、空がオレンジ色に輝いて。やがてお日さまが沈むと、一瞬、空が紫色に染まって、その後はお月さまが出て来て、やっと海がひんやりとし出すの。」
何気ない状況を説明しているだけだったが、りょう太は、そんな風に自分も海を見つめ続けたことがあるだろうかと、ふと考えた。いや、無い。彼女は、本当に毎日、海を眺めながら、そんな風に感じているんだと、そう思った。
「やっぱり、楽しい?。海を見てるのって。」
りょう太はたずねた。
「うーん、分かんない。でも、ずっと見てる。」
「じゃあ、海を見てる時、気持ちいい?。」
「・・そうかな。」
「じゃあ、楽しいんだよ。それ。」
彼女は、楽しいという言葉がどのようなものかを知らないようにも思えた。でも、楽しいというのがどういうことかは感じている。それだけで十分ではないかなと、りょう太はそう思った。
「あのさ、他には、どんなもの見てるの?。」
りょう太は、彼女の不思議な話し方が気になって、もっと聞いてみたくなった。
「うーんとねえ、海の中。」
「へー!。潜るんだ。」
「うん。」
りょう太は腰の辺りまで海に浸かることはあったが、ゴーグルを付けて潜ったりすることは無かった。こんなに海に来ているのに、海の中の様子は図鑑やテレビでしか見たことが無かった。
「一度水面から潜ると、急に音が変わるの。ゴボゴボと泡の音がして。そこをさらに深く潜っていくと、色んな仲間に会えるの。」
「仲間?。」
「うん。ヒトデや貝や、イソギンチャク。岩の隙間には小さなハゼ。海藻の間にはフグがゆらゆらと。大きな魚たちは、アタシが潜ると、みんなこっちを見てるの。」
「人気者なんだね。きっと。」
「さあ、どうかしら?。美味しそうだからじゃない?。」
彼女の話は、何処までも不思議だった。海の生き物が仲間だなんて、りょう太は想像もしたことが無かった。そして何より、彼女が本当に彼らの仲間じゃないのかと、そんな風にも思えてきた。
「でもね・・、」
彼女は突然、困ったような表情になった。
「タコは駄目。」
「どうして?。仲間じゃ無いの?。」
「違うわよ。あんなの!。細い目つきで、ずーっとこっちを見てるの。足にはいっぱい吸盤をつけてさ。怖いったらありゃしない。」
「怖いかなあ?。確かに引っ付くけど、焼いて食べたら美味しいよ。」
尋は彼女を安心させようと、タコを退治した後は食べられることを伝えようとした。すると、
「焼く・・って、それ、何?。」
また彼女の不思議な話が飛び出した。尋は目が点になった。
「え?、焼くって、火にかけて、ジューって。身が白くなったり、焼きすぎると焦げたり。でも、それを食べたら美味いんだ。」
尋は口の中に唾をためながら話した。
「ふーん。そんな食べ方があるんだ・・。」
彼女は不思議そうにりょう太の話を聞いた。
「そうだ。ちょっと待ってて。」
そういうと、りょう太は砂浜の向こうにある森の方へ駆けていくと、幾つかの木切れと木の葉を持って来た。そして、一番大きな木切れを下に敷くと、真っ直ぐな枝を両手に挟みながら、
「これをこうして回転させると・・、」
そういいながら、枝を木切れに擦りつけて火をおこそうとした。彼女は何が始まるのだろうという目で、その様子を眺めた。
「んーっしょ。んーっしょ。」
りょう太は懸命に枝を回転させた。暫くすると、擦れている部分から少し煙りが上り始めた。すると、
「そこの枯れ葉を、此処に置いて。」
りょう太は彼女にいった。彼女はいわれるがままに枯れ葉を数枚手に挟むと、それを恐る恐る、煙の上っている部分にそっと置いた。
「んー!。あともう一息。」
りょう太はさらに力を込めて枝を回転させた。すると、
「ボワッ!。」
と、枝と木切れの間から火が出たかと思うと、一気に枯れ葉に燃え移った。
「やったーっ!。」
りょう太は大喜びした。かつて原始人達がやっていたのと同じ方法で、自分も初めて火をおこすことが出来た。そして、ニコニコしながら彼女の方を見ると、彼女は両手で口元を押さえて固まっていた。
「これが火だよ。これで色んな物を焼いて食べるんだ。」
そういって、火の付いた枯れ葉を一枚取ると、彼女の方に差し出した。
「キャッ!。」
彼女は両手で目を覆って、火を見ないように努めた。驚かせるつもりは無かったが、彼女があまりにも火を恐れるのを見て、
「ごめん。」
りょう太はその火を足で踏んで消した。
しゃがみ込んで目を覆う彼女を見て、
「もう大丈夫だから。」
と、りょう太は優しく声をかけた。すると、彼女はそーっと手を顔から離して、
「あー、びっくりした。まるで小さな太陽が現れたのかと思ったわ。」
と、枯れ葉が燻って火が付いただけなのに、随分大袈裟ないい様だった。しかし、りょう太は彼女の表現が、次第に自然なものに感じられるようになった。
「よく考えたら、火を使うのって、人間だけだもんな・・。」
昔、何かの物語で読んだ、動物達が火の国から火を盗んで、それを人間に伝えるという話を、りょう太は思い出した。
「グググーッ。」
と、その時、りょう太のお腹が鳴り出した。
「何?、今の。」
彼女は驚いてたずねた。
「はは。お腹が空いた音だよ。腹の虫が鳴いてるんだって。」
「腹?。虫?。」
彼女は不思議そうな表情で近付いてくると、りょう太のお腹にそっと触れた。りょう太は緊張して動けなくなった。
「虫を食べても、鳴いたりしないけどなあ・・。」
彼女はやはり奇妙なことを口にした。それでもお腹の空いたりょう太は、半ズボンのポケットから小さなチョコレートを取り出すと、銀紙を剥いて二つに割った。そして、
「はい。」
そういって、片方を彼女に差し出した。
「何?、これ。」
「チョコだよ。甘くて美味しいよ。疲れも飛ぶんだって。」
そういいながら、りょう太は歯を黒くさせながらチョコを食べた。
「へー、食べ物なんだ・・。」
彼女はりょう太の持ったチョコを眺めるだけで、手に取ろうとはしなかった。
「食べないの?。」
「うん。月夜の晩は、何も食べないの。アタシ達。」
「ふーん・・。」
そんな風に食べないのは、自分だけでは無いんだと、りょう太は彼女の言葉を勘繰った。しかし、やはりそれが彼女にとっては自然なこと何だろうなと、りょう太は思った。
「ねえ、もう採らないの?、蟹。」
「うん。チョコを食べたら、余計にお腹が空いちゃったから、ぼちぼち帰るよ。」
「そう・・。」
りょう太の言葉を聞いて、彼女は何か安堵したような表情になった。そして、
「また会える?。」
彼女がたずねた。
「うん。ボクも海が好きだから、明日も来るかな。」
そういいながら、りょう太は砂浜に置いてある網を拾い上げると、
「じゃ、またね。バイバイ。」
と、手を振りながら家路に就いた。彼女は海を背に砂浜に立ち尽くして、胸元で小さく手を振りながら、何時までもりょう太を眺めていた。家に帰ると、みんな寝ていたので、りょう太はこっそり晩ごはんの残りを食べた後、床に就いた。そして、月明かりに照らされながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
「あれ?。此処は・・、」
りょう太は妙に周りがひんやりとして、手足を動かす度に、何か抵抗のようなものを感じた。
「ボコボコボコ・・。」
「水の中・・かな?。」
いつの間にか、りょう太は海の中に漂っていた。そして、目の前の岩肌に無数の動くものが見えた。不思議に思ったりょう太は、手で水をかきながら、その岩に近付いていった。
「蟹だ!。」
そこには、無数の蟹がひしめき合っていた。しかし、暴れるでも無く、申し合わせたように何かを待っているような感じだった。すると、
「ムクムクムクッ。パリッ。」
蟹達の腰上がりが割れたかと思うと、光のような物が放たれた。りょう太は食い入るように見つめた。その光は次第に大きくなり、ついには蟹の姿になっていった。
「ガサッ。ガサッ。」
光に見えたそれは、古い殻を脱ぎ捨てた、新たな蟹の体だった。月の光を浴びて、白い体が光り輝いて見えていたのだった。新たな体になった蟹達は、まだ柔らかい足や夾を流れに靡かせながら、気持ち良さそうに深呼吸しているようだった。そして、
「ハラハラッ。ハラハラッ。」
と、体が少し硬くなり始めた蟹から、一番後ろの平べったい足をばたつかせながら、ヒラヒラと海の中を泳いで海底に消えていった。と、その時、
「ザーッ。」
と水が動く音がしたかと思うと、向こうの岩陰から黒くて大きな影が蟹達に向かって近づいて来た。
「魚だっ!。」
それは、りょう太の体よりも遥かに大きな魚の群れだった。蟹達は一斉に岩肌から離れて海底に逃れようとした。しかし、まだ柔らかい体は素早く泳ぐには不十分だった。蟹達は見る見る魚に食べられてしまった。体を強張らせながらその様子を見ていたりょう太は、
「やめろっ!。」
と、大声で叫んだ。気がつくと、りょう太は布団の上で寝ていた。
「・・・夢?。」
寝ぼけながら、りょう太は窓の外を眺めた。随分と傾いた月がりょう太の足元を照らしていた。それを見つめながら、りょう太は少しずつ頭がハッキリしてきた。
「そうか。月夜にあんな風に殻を脱ぎ捨てるのに必死だから、食べてなんかいられないのか・・。」
爺ちゃんがいってた、月夜の蟹は実入りが少ないというのは、ことわざなんかじゃ無くって、生きる為に懸命に行う蟹達の習慣なんだと、りょう太は朧気ながら理解したのだった。
翌日から、りょう太は毎晩のように砂浜に出かけては、海に入って探し物をした。特に網は持って来なかった。ただ、頭の上に小さなライトを付けて、時折足元を照らしながら必死に探した。しかし、小魚のようなものがサッと通り抜けるだけで、りょう太が探しているものは見当たらなかった。
「もういないのかな・・。」
そんな日が何日も、何週間も、そして何ヶ月も続いた。もう素足で海に入るには冷たすぎるような季節になっていた。それでもりょう太は我慢して、数分だけでも海に足を浸しながら何かを探し続けた。やがて、冷たい浜風が吹き付けるようになると、
「こんな寒いのに、海へいくのはやめなさい。」
と、りょう太は母親にそういわれて、仕方なく部屋から夜空を眺めるだけの夜を過ごすようになった。冷たく澄んだ空気が、月明かりをいっそう冴えさせた。
「早く寝たら、また会えるかな?、夢の中で。」
そう気付くと、りょう太は毎晩早く寝るようになった。もう彼は、あの女性が誰だったのか、薄々気付き始めていた。しかし、いくら毎晩早寝したところで、彼女が夢の中に現れることは無かった。そしていつしか、りょう太はそのことが記憶から薄れていくようになった。それからどれぐらい経っただろうか。りょう太は一つ上の学年に上がった。桜も綻びかけた頃の帰り道、
「よう、りょう太。この後、みんなで野球するけど、来るか?。」
級友がりょう太に声をかけた。
「あ、オレ、ちょっと用があるから。」
そういうと、りょう太はその申し出を断った。そして、家に帰って勉強道具を置くと、またすぐに出かけた。いった先は砂浜だった。日差しは温かく、頬を打つ風が心地良かった。
「久しぶりに、入ってみるか・・。」
りょう太は裸足になると、そっと海に浸かった。
「ひゃっ、冷たっ!。」
陽気は穏やかでも、海の温度は一カ月ほどずれていた。素足で入るには冷たすぎた。仕方なく砂浜の上に足を投げ出して座りながら、りょう太は日差しで温まろうとした。すると、
「うふっ。」
頭の方で、誰かが笑っているようだった。りょう太が振り返ると、そこには小さな女の子が佇んでいた。
「お水、冷たい?。」
女の子がたずねた。
「うん。思ったより冷たかった。」
「そう。うふふ。」
女の子は、何が愉快なのか解らなかったが、りょう太の言葉に、いちいち嬉しそうに微笑んだ。見ず知らずの子に笑われて、普通ならちょっとは、むっとするかも知れないのに、何故かりょう太は、そんな気にはならなかった。寧ろ、何か、懐かしさのようなものを感じた。そして、
「キミ、この辺の子?。」
りょう太はたずねた。
「うん。」
「じゃあ、ボクと同じだね。海の側で。」
りょう太がそういうと、女の子はニコっと笑った。そして、ちょこちょことっと歩いてきたかと思うと、りょう太の横にちょこんと座った。
「えへへ。」
嬉しそうな女の子を見て、りょう太も不思議と嬉しい気持ちになった。すると、女の子はりょう太の腕をツンツンと指先で突きながら、
「ねえ、今日はチョコ、食べないの?。」
と、首を傾げながらたずねた。りょう太は一瞬、何のことか解らなかったが、
「え?。」
と、急に記憶が蘇った。しかし、目の前にいる女の子は、どう見ても、あの時出会った彼女とは年格好が異なっていた。
「どうして知ってるの?。」
あまりに不思議に思って、りょう太は女の子にたずねた。
「母さんがいってたの。チョコって食べ物をくれる、優しい人がいたよって。」
「母さん?。」
「うん。」
りょう太は、自分よりも少し年上ぐらいかなとは思っていたが、まさか彼女にこんな子供がいたなんてと、目が点になった。
「で、お母さんは?。」
りょう太がたずねた。すると、
「もういない。」
「いない・・って?。」
「母さんは、母さんでいる時が、もう終わったの。」
そういいながら、りょう太の腕に寄り添って、安心したような表情を見せた。別に寂しがるでも無く、そんな風に短く時を終えることが、彼女やこの子達にとっては自然なことなんだろうなと、りょう太は理解は出来ないまでも、それが自然なのかなと、そう思った。すると、
「ねえ、アナタは、どれぐらい、アナタでいられるの?。」
女の子がたずねた。
「うーん、そうだなあ・・。あと七十年ぐらいかなあ。」
「七十年って?。」
りょう太はお日さまが昇って沈んで、お月さまが昇って沈んで、それが何回も何回も繰り返す。それが七十年という時間だということを、何とか説明しょうとした。女の子は、ポカーンとした表情になった。まあ、伝わらなくても仕方ないかと、そう思った時、
「ねえ、そんなにアナタのままでいて、しんどくない?。」
女の子はりょう太の顔を見上げながら、無心にたずねた。りょう太は呆気に取られたが、
「あははは。そうだね。色々あって、しんどいかも知れないね。」
そういって、女の子を見て笑った。一瞬の触れあいを、二人は楽しんだ。
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