銀の月

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男が降りてきた。背はあまり高くない。下がり眉と細身の身体が相まって、すごい情けなく見える。 俺らの前に来て、深く頭を下げた。 「このたびは、ようこそおいでくださいました、なんのおかまいもできませんが」 イントネーションはおかしかったが、思いっきり日本語だった。 「え?」 素で日本語で返すと、困った眉のまま微笑む。 夫は余計満足そうに豪快に笑った。 「彼は日本語を勉強中なんだ! 妻が日本人だと言ったら、大層喜んでな! 彼を採用した」 「は? 運転手に?」 「兼、雑用係だ」 まるで昔からの知り合いを採用したかのような口ぶりだったからそうなのかと思ってたけど、よく聞けばそうじゃないらしい。 「え、マジで? マジで日本語勉強中だからって採用したのか?」 「もちろんそれだけじゃないさ。人柄がよかったから、あとは家庭環境が複雑だったからだな!」 「家庭環境?」 「彼は25歳歳の離れた0歳の弟と、病気がちな母親と共に生活しているんだそうだ。稼ぎ手が自分しかいないからと、俺のところに来てくれたんだそうだ」 「そんなベタな話信じたのか?」 嘘くせぇったらねぇだろ。どんな方法で審査して採用になったんだよ。 思わず顔を顰めた俺を見て、細っこい男はまた頭を下げた。 「ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします」
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