0人が本棚に入れています
本棚に追加
なんだかんだと遠回りしたけれど、僕たちは結論に辿り着き、あのひょうきん者は念願だった作者と出会う事ができた。彼は今、病室であの子と話している。変な奴ではあるが、人に害を加えるほど悪い奴でもないだろう。だから心配はいらない。念のため看護師は立会人。僕は何かあった時の補佐役として廊下に立っている。足に負担が掛かるから戻って下さいと言われたが、乗りかかった船である。最後まで付き合うと無理を言ったら渋々、了承してくれた。
病室から出てきた彼は半ば魂の抜けた亡霊になりかけていた。看護師さんは抜け殻の彼を置いて自分の仕事に急いで戻っていった。
「フォローしておいてください」看護師は去り際にそう言った。僕は仕方なく彼の隣に並ぶ。
「どうでした。何か成果はありましたか?」
彼は肩を萎ませる。
「いいや、何も思い出せなかった。無駄足だったよ。残念ながらね」
元気だった人がこうも落ち込んでいるとちょっと面白い。まぁ、暫くすれば元に戻っているだろう。
とぼとぼ歩くに比例して彼は自嘲気味に微笑んでいく。
「これで良かったのかもしれん。知る事は必ずしも幸せな事ではないからな」
なんだろう。僕は疑問に感じた。誰かに昔同じ事を言われた。そう、確か小学校の時。
「先生?」
そうだ。はっきり思い出した。小学校の時、担任だった先生。彼は僕の元教師であったのだ。
「思い出した。先生、貴方は僕の担任の先生ですよ」
彼は驚いているのか放心している。
「お久しぶりです先生。覚えていませんか?小学生の時、花瓶を割って叱られたあの時の生徒ですよ」
「何を言っとるんだ君は。私は先生などした事はない」
明らかに動揺している。
「間違いありませんよ。僕ははっきり思い出しました」
その後も先生は自分が教師である事を思い出せなかったが、それでよかったのかもしれない。確か風の噂で先生は不幸に見舞われ家族や財産を全て失ったと聞いたからだ。
翌日。中庭でまたベンチに潜り込んでいる先生に声を掛ける。
「おはようございます。先生」
「君、私のことを知っているのかね」
先生は昨日の記憶を全て失っていた。きっと先生はこれからも問い直しては忘れると言う作業を死ぬまで繰り返すのだろう。
知らない方が幸せなこともある。当時の頃から先生は何か闇を抱えていたのだろうか。それでも、再会を喜び合える程度には僕のことを覚えておいてほしかった。僕は傲慢にもそう思った。
最初のコメントを投稿しよう!