病院での些末な事

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 怪我なんてしないと思っていた。己の馬鹿さ加減が窺える発言だが、事実その時の僕は確信していたのだからしょうがない。言い訳になるが、僕を含めた大抵の若者は、いつまでも自分が健康でいられることを疑わないのではないだろうか。だからこそ、若いうちは漠然とした将来の大成を思い描いたりできる。それが果てしなく遠いものでも、ちょっとしたことで成功するのだと期待している。そんな病に侵されているのではなかろうか。自分のおじさんみたいな考え方に苦笑する。これは僕が大人になった証拠だろうか。それとも、ただ難しいことを考えて大人ぶりたいだけなのか。こんなどうでもいい事を考えるのは暇な証拠である。ああ、何処かに面白いものが転がってないものか。  病院の渡り廊下。患者と病院の関係者が乱れながら緩やかに流れていく。松葉杖に体重を乗せて、僕は下の階に降りるためのエレベーターに向かっていた。全治4週間。病院のベットの上でそう告げられたのは一週間前のこと。元気に肉体労働をしていた真っ最中に僕は不幸にも車に轢かれた。同僚の証言によれば僕は宙を舞って近くのコンクリート壁まで吹っ飛ばされたのだそうだ。左足の骨折だけで済んでいるのは奇跡といえるだろう。  長めの休暇だと思って、楽しむことにしよと気楽に考えていた。しかし、病院の暮らしというやつはつまらない。自由に身動きできないのもあるが、出来ることがテレビを見るか、本を読んだりするくらいである。車に轢かれても生きていた僕だが、暇で死にそうになっている。ついにたまらなくなり、今日は病院の中庭で暇をつぶすことにしたのだ。  エレベーターから降りると、もう窓越しに中庭が見えた。なんとなしに近くにあった地図を確認する。俯瞰してみればよく分かるが、病院の構造は大雑把に言えば漢字の回ると似た形をしていた。中庭の周りを監獄のように病院の壁が取り囲んでいるのだ。それなりの敷地面積があるので、窮屈には感じないだろうが、解放感はあまりなさそうだ。  フロントの右側を過ぎて通路を奥まで行くと、左手に中庭に続くドアがある。骨折した足に負担をかけないように、ノブをひねる。気圧のかかった扉を押しのけ、一気に中庭へ出た。
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