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鳥だろうか。僕は頭上を見上げる。滑空飛行してくるそれは僕たちから僅かの所に不時着する。それは真っ白な白鳥を想起させる紙飛行機であった。
彼は急いでベンチから立ち上がると紙飛行機にかけ寄る。飛行機を元の状態に戻すと彼は大いに喜んだ。
「そうか、ああやって窓から飛ばしていたのか」そして彼は急いで中庭を出ていった。一瞬の出来事に唖然として僕は動けずにいた。なんと自由な人なのか。あんな人に会ったら一生忘れる事はないだろう。となると他人の空似だったのか。或いは街で見掛けて印象に残っただけの人なのかもしれない。
「忘れる事にしよう」
考えるだけで時間の無駄である。僕は暫く本を読んだ。しかし、結局誰も来る事はなく、僕も中庭を後にした。
エレベーターで2階に上がると、やけに騒々しい。二人の人間が言い争っている。いや、じゃれついているといった方が正確だ。一人は知らない看護師。もう一人は見知った楽天家であった。
「ですから、私は紙飛行機を飛ばした人物なんて見てないんですよ」
「そんな筈はない。窓から紙飛行機が飛んだ時、君は確かに窓の側を歩いていた。白状したまえ誰が飛ばしたんだ」
何をしているんだこの人。溜息を吐き、巻き込まれないように遠回りして病室に戻る。
「確かに見たのだ。彼も証人だ」
捕まった。動きが遅い為、逃げられる訳がなかった。
「本当に見たのですか?」看護師さんが面目なさそうに言った。貴方は悪くありません。彼を止められる人はあまりいないでしょうから。
「僕は紙飛行機が飛んでいるのを見ただけで、誰が飛ばしたかは見てません」
「そうだろう、だからこうして近くにいた君に聞いているのだ。さあ、誰が飛ばしたか言いなさい」
「ですから、私はそんな人物知りませんし、私以外ここの廊下を通った人物をみていません」
「では紙飛行機がひとりでに窓から出ていったのか。そんなことは自然の法則に反するぞ」
これでは水掛け論で日が暮れてしまう。誰が紙飛行機を飛ばしたか。そんなことはどうでもいいが、ようやくいい暇つぶしに巡り合えた。僕も混ぜてもらうことにする。
「簡単ですよ。要は誰にも見られずにどうやって紙飛行機を飛ばしたのか分かればいいんでしょう」
僕は件の窓の前にある病室を指さした。
「あそこのドアを開けて、紙飛行機を一直線に飛ばせば、窓を飛び出して中庭い落ちるでしょう。これで、すべて説明がつきます」
二人はなるほどと手を叩いた。ところが、すぐに神妙な顔つきになる。
「私が通った時、扉は開いていなかったと思います」看護師が言った。それにと彼が続ける。
「病室からだと距離が遠すぎる」
自分で言ったことだけど、確かに無理がある。となると消去法でいけば、看護師さんにしか飛ばせないことになる。もちろん動機が曖昧だが、第一、紙飛行機を飛ばす理由なんて想像がつかない。病院内でのストレスが原因。一応はこれで説明がついてしまう。
「私じゃないですからね」
自分が疑われていると感づいたのか僕に鋭い視線を浴びせてくる。
「でも、それしかないじゃないですか」
「じゃあ、やっぱり誰かいたかもしれません」
そんな無茶苦茶な。僕は苦笑いしながら考える。どうやら、どのように紙飛行機が飛ばされたかを考えると、話が袋小路に入ってしまう。他の手掛かりから考えるしかない。
「そういえば紙飛行機に何か描かれていませんでしたか?」
「おお、そうか。そういえばまだ見せていなかったな」
彼は服の内側から紙片を取り出すと僕たちに渡した。相変わらず破茶滅茶な絵である。どこもかしこもぐちゃぐちゃで、乱雑に描かれている。僕にはこれといって気になる点はなかった。
「これって」看護師は呟く。どうやら心当たりがあるようだった。そうだ、ここの患者を知っている看護師に見せていればもっと早く作者が誰なのか分かったではないか。そもそも、どうして今まで聞かなかったのかが疑問である。
「どうです。何か分かりましたか?」
「ええ、この絵は見た事があります。通院中の子が私にくれた絵に似たようなものが。けれど、私はあの子を見てません」
「大人の視点では子供は死角に入りやすい。恐らく見逃してしまったんだと思います」それに身長の低い子ならば中庭から姿を確認できなかったのも頷ける。
「では、この素晴らしい絵は子供が描いたのか。いやはや関心関心。では、その子は今どこの病室にいるのかな」彼は看護師を凝視する。
「ごめんなさい。職務上勝手に個人の病室は教えられないんです」
「片っ端から病室を開けるぞ」
「迷惑ですのでおやめください」
押し問答を続ける二人をほったらかし、僕は件の窓付近にある病室の前にいく。ほぼ直感的に扉をノックする。ゆっくりと開いた先に絵の作者であろう小さな男の子。ベットに老人が寝そべっていた。
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