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1.祖光院
水戸街道は千住より水戸に至れり。例の如く商い道具を整え、残暑厳しき巷に出で、葛西社に参り、軈て松戸への渡し舟に乗りたり。やや早き一服なれど、松戸社の近傍なる菓子司にて、羊羹を頬張りつつ、媼と田畑の出来などを論じぬ。
松戸宿を出で街道を逸れ、最近開墾されし、金ケ作なる土地に向かえり。天明期の飢饉に苦しみし、川越近傍の民の移り住むと媼より聞けり。さらに、菩提寺を勧請せんとすれど、一人の禅僧も肯わぬ(うべなわぬ)が故に住職自ら参り、祖光院の開祖となりとの言い伝えありとか。
墓畔に彼岸花麗しく咲けり。
見飽くることなく赤き花、稀に混じりし白き花を見るうちに、作男の近寄り腹の痛みを訴えし。熊胆丸を与え、生水を避け、消化良きものを少しずつ摂るべしなどと告げし。それを眺めおりし僧侶吾を庫裏に招じぬ。はらいた、づつう等使いやすき薬を並べれば、期せずして顧客の拡大と成れり。
陽も傾き始めれば蘇羽鷹社に立ち寄りながら小金宿を目指せり。社は馬橋城の故地なれば見晴らし良し。山岨(やまそば)の高き地の社なれば蘇羽鷹と称するやあらん。
小金は賑やかなる宿場なり。
投宿せる旅籠にて遣り手頻りに誘いぬ。数度断りたればつくづく運なき妓女なりと嘆息す。ふと心動き誘いに応じたるは天邪鬼の性分なり。仔細を述ぶるは野暮の極みなれば、
彼岸花身の上話を宵に聴く
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