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ねえ、夜の三日月って何に見える?
「夜空に浮かんだバナナかな」
僕がそう答えると、櫻葉さんは椅子に乗りながら足を魚みたいにパタパタさせて揚げ立ての唐揚げみたいにカラカラと笑う。
「あはは、柳野くんらしい」
「だって、ほんとにそう見えるんだもん」
あれを他にどう形容すればいいのだろう。
彼女はパタパタさせていた足を止めて、パッと目を開いて指を自分に向けた。
「私は何に見えると思う?」
「さあ? でもバナナじゃないんだと思う」
櫻葉さんはこくんと頷く。
「私はね、お皿かな」
「お皿?」
「うん、夜空に浮かんだお皿。あのお皿に食べたいものを乗せてみるの」
それはスパゲティだったりオムライスだったり。たまに失敗したハンバーグだったり。
「でも、あの金色のお皿に乗せてみたら、どんな料理も輝いて見える気がしない?」
「そう?」
櫻葉さんの感性はぼくとはまるでかけ離れている。ぼくは食べ物には興味があるが、お皿には興味がわかない。だからなのだろうが、ぼくは月自体がバナナ、なんて、もはや小学生でも考えそうな答えしか出せないし、ああ何かバナナ食べたくなってきたな、くらいの感想しか出ない。
櫻葉さんはあれがお皿に見えるだけじゃなくて、自分で料理を次々乗せていっては、楽しんでいる。想像すること自体を楽しんでいる。
「でもたまにこぼれるのよ」
「何が?」
聞けば、彼女はそのお皿に乗せた料理を食べようとするけど、それがこぼれ落ちるところまで想像するんだと言う。
そして、こぼれ落ちたあとに思うことは。
「ああ、これがもし本物だったら大変だったな……、って」
彼女がそう言ってぼくに笑いかける。その顔は少し切なげに見える。
「想像するのは自由でしょ? 私があの月をお皿に見るのも自由だし、あのお皿に料理を乗せるのも自由だし、そこからこぼしてしまうのだって……」
それからふうっとため息をつく櫻葉さん。いつもはそんな顔は見せないのに。今日は憂鬱デーか何かか。
「でもね、想像ってやっぱり想像だから。本当にはならないの……」
櫻葉さんが俯く。僕は彼女が顔を上げるのを何となく待ってみる。
多分だけど、何か言いたいことがあるような気がするから。カップラーメンの三分に比べたって全然苦じゃない。
「柳野くん……」
「何?」
櫻葉さんがそろそろと顔を上げて、半分くらい顔を上げて僕を上目遣いで見る。
その目に少しドキリとする。
何か言おうとしているみたいだけど、くっついてなかなか離れないガムみたいに彼女の口はなかなか開かない。
まだしばらく待ってみると、彼女の口がようやく開いて。
待っていたことを後悔しそうになった。
「……私ね、転校するの」
そう言った彼女の声は、とけかけているアイスクリームのように聞こえた。
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