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「……」
「……」
沈黙ほど、僕が嫌いなものはない。だけど、何を言っていいのかも分からない。
僕は何を言っていいのか分からないから、とりあえず『転校』について頭の辞書を開いてみた。もしかしたら、何か思い違いをしていることを期待して。
僕は頭に引き出しを思い描いた。櫻葉さんほどではないが、僕にもちょっとはある想像力というものを使ってみる。いつも櫻葉さんからの話を聞いていたから、想像のコツは何となく会得していたような気がする。
引き出しに入っていたのは新品の辞書だ。辞書を開いてみると、細々とした文字ばかり。僕は『て』の部分を開いてみた。
開いてみたら、次の言葉が並んでいた。
『転校。それは学校を変えること』
ものすごく簡単な言葉で解説している僕の辞書。多分どの辞書を開いたって少々小難しい書き方はしているかもしれないが、こういう解説になるはずだ。
全くばかばかしい。こんなことをわざわざ想像の辞書で調べるなんて。
櫻葉さんと僕はさっきから黙ったままお互いの顔を見つめ合う。だけどそんなにロマンチックな感じはしない。
日がだんだんと沈んでくる。このまま黙ってしまっていたら、夜になってしまう。僕は手に力を込めた。
「……そ、そうなんだ」
何とも情けない返し方である。手に力を込めて言う台詞か。もっと、気の利いた言葉が言えれば。語彙力というものがもっと欲しかった。
それまで黙っていた櫻葉さんもようやく口を開いた。
「お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになってね。だからもうここに来ることはないし、こうしてお話することもできなくなるわ……」
僕らは毎日のように放課後になるとこうして二人っきりで話をする。それがずっと続くかと思ってた。でも違ってた。
「私、最近ずっと考えてたの。ここは夢の世界で、転校っていうのもきっと夢での話で。現実の私はずっと柳野くんと一緒にいるの」
「櫻葉さん……」
櫻葉さんが俯いて椅子に手をひっかける。手がぷるぷる震えている。
「でも、やっぱり夢は覚めないの。だってここは現実だから」
櫻葉さんの描く想像の世界は、そんなに虚しい世界だったかな。
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