方向音痴

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 夜のガソリンスタンドバイトは結構美味しい。時給は割増になるのに、客は少ない。  うちのガソリンスタンドは高速道路の入口に隣接している。  わざわざ煽るように『高速に乗る方必見! ここが最後のガソリンスタンド』なんて看板を掲げているから、心配性のドライバーたちがわざわざ立ち寄って満タンにしていく。  だから休日の昼間はとにかく忙しい。ひっきりなしに車が入ってくる。  それに比べて平日の深夜バイトは天国だ。得意の夜ふかしをしながらお金までもらえるなんて最高だろ。  俺はガラス張りの事務所からポッカリと浮かぶ月を見ながらそんな事を考えていた。  ほとんど車通りのない夜の道を1台の軽自動車が走っていった。  月の明るい夜に、白の車体が浮かび上がる。  何の気無しに動く車を目で追っていた俺は、びっくりして立ち上がり椅子を倒してしまった。  高速入口に向かう車線を直進していた車はウィンカーも出さずに大きくカーブを切って3つ並んだ、入場ゲートをスルーすると、一方通行の道を逆走して戻ってきたのだ! 「何やってんの、あの車!? 飲酒運転か?」  驚いた俺は慌てて外に飛び出す。  酩酊運転で狭い事務所に突っ込まれでもしたらたまったもんじゃない!!  俺の背中に緊張が走る。  逆走車はひとけのない大通りを越えてまっすぐうちのスタンドに向かってきた。 「こっち来るじゃん!?」  俺がビビって立ち尽くしていると、白い軽自動車は速度を落とし、俺の前でピタリととまった。 「よかったぁ。こんな時間に人と遭遇できるなんて! 私ったら超ラッキーなんじゃない?」  運転席の窓が開き、弾むような女性の声がスタンド構内に響き渡った。
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