食卓を囲む

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食卓を囲む

 吉川さんはシャワーを浴び終えて、髪を乾かすと、ブラとパンティだけの姿で料理を始めた。  吉川さんが冷凍枝豆を軽く湯がいて、テーブルに出した。 「これでも食べていて」  既にテーブルについていた熊さんは、日本酒を飲んでいた。熊さんは携帯から目を離さず言う。 「ありがとう」  吉川さんが冷蔵庫を漁る。 「買い物してこなかったから、やっぱり何にもない」  熊さんが言う。 「ちゃんと食材くらい買っておけよ」  吉川さんは冷蔵庫から卵を取り出す。 「うん……。あっ、危うく従いそうになった。危なァ。熊さんに言われる筋合いないから。私たち今は友達でもないから」  吉川さんは、卵を流し台に置いた。  それから、ジャーに残っていたご飯で、具が要らない焼きおにぎりを作り始めた。  不満そうに熊さんが聞く。 「俺たちは、友達じゃないの?」  吉川さんも不満そうだ。 「私は別れた男と友達にはならないんだよ」  吉川さんは甘い卵焼きも、焼きおにぎりと同時に作っていく。卵焼きに甘い匂いがキッチンに漂う。  熊さんが悲しげに言う。 「でもこうして一緒にいるだろう? 友達だとは思うよ」 「単なる同居人だよ。友達とか言うのやめて」  そこにシャワーを浴び終わった松本さんが来た。    「今できるよ。ビールは勝手に冷蔵庫から取って飲んで」  松本さんは、言われるまま冷蔵庫を開けて、缶ビールを1本手にする。それから熊さんの向かい側に座った。  吉川さんが卵焼きをテーブルに置く。 「焼きおにぎりもすぐ出来るよ。ごめん。うち何にもなかったわ」 「買い物を僕が邪魔したから」 「それもあるけど、しなくても良いかって私もあの時思ったんだからさ。松本さんは気にしなくて良いよ」  そしてまた吉川さんは調理に戻った。少し経って、焼きおにぎりとウインナーを持って来た。   「奇跡的に、冷蔵庫にウインナーがあったわ」  そう言いながら松本さんの隣の席に座った。 「ねぇ、タバコ持っているんでしょ? 一本ちょうだい」  松本さんは小さな黒いバックからタバコを出して、1本吉川さんに渡そうとする。    しかし吉川さんは受け取らない。  吉川さんは、手で受け取る代わりに、松本さんに身体を向けて、薄く口を開けた。  それで松本さんは、注意深く吉川さんの唇を見ながら、吉川さんの口にタバコを差し込んで、火をつけてやる。    その松本さんの動きは厳かに見えて、まるで神事をしているみたいだった。  けれど、その一連の動作は、初めてにしては、小馴れていて。2人は、とても自然に見えた。    火がつくと吉川さんが礼を言う。 「ありがとう」    その2人の様子を見ていた熊さんが、イラついて文句を言う。 「吉川はタバコやめただろう? 何で吸うんだよ」 「え? 元から吸わないよ。ただ……」 「ただ? 何んだよ」    吉川さんは、タバコの煙を吐きながら言う。 「昔から、セックスすると吸いたくなるんだ。ずっと熊さんとセックスしていなかったから、熊さんの前でタバコ吸わなかったんじゃねぇ?」  その答えに、熊さんは苛つく。 「なんかなぁ。やめろ。そう言うの」  吉川さんには、熊さんが怒ってみえた。  吉川さんは、熊さんの怒りポイントが分からない。 「なに辞めるの? セックスの後のタバコ?」  熊さんの口調は荒くなる。 「チゲーよ。男の前で、そんな話するのは、やめろよ」 「何で? 聞いたの熊さんだし。聞かれたら答えただけだし」 「だからって答える? 何か興醒めだった」    熊さんが、松本さんに話しを振った。 「松さんもそう思うだろう?」 「ああ、まぁ、そうですね」    今度は、吉川さんが怒る。 「もう、嫌だ。嫌だ。嫌だ」  熊さんが、吉川さんが怒る訳を聞く。 「何? どうした?」    吉川さんは、自分が惨めに思えて仕方ない。 「一人は元カレで、もう一人はさっきセックスした男なのに。そのどっちも私との間に愛がないんだ! しかもその男二人に私は説教までされて!」    吉川さんがダイニングキッチンを出ていく。 「おいどこへ行く」 「私の勝手でしょう? あんたたち2人とも私の彼でも、友達でもない。同居人と単なる知り合いだもの」  松本さんが困って言う。 「いや、僕はもう、友達だって思ってますよ」  しかし吉川さんのイライラは止まらない。 「あ――――。 もっと嫌。私は友達とセックスしたの? もっと嫌」    吉川さんはキッチンを出てしまう。  吉川さんは、そのまま2階に駆け上がって行き。  そして10分もすると、キッチンに戻って来て言った。 「今日は戻らないから」    それから、吉川さんは玄関で叫ぶ。  「もう、熊さんの仕事用の、脚立が邪魔だよ。ここに置かないでよ!」  ひと叫びして、吉川さんは家を出て行った。    唖然とした顔で松本さんは言う。 「出て行っちゃいました。良いんですか?追わなくて」  熊さんは平然としている。 「どうせ山岡ちゃんとこ行ったんだよ。放っておこうぜ。日本酒もあるぞ」  熊さんは、グラスを松本さんに渡して、日本酒を注いだ。 「飲めよ」 「あ、どうも」    
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