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お見舞い
吉川さんは、山岡ちゃんの入院が終わる前日に、お見舞いに行った。
山岡ちゃんがお礼を言う。
「この間はありがとう」
山岡ちゃんの隣に寝ている赤ちゃんを見て、吉川さんが目を細めて言う。
「あんなの何でもないよ。赤ちゃんだいぶ顔がしっかりしたね」
山岡ちゃんがしみじみ言う。
「松本さんって良い人だね」
「うん」
「あんな人が旦那さんなら良いのに」
吉川さんも同意見だ。
「私もあの日そう思ったよ」
吉川さんの表情を見て、山岡ちゃんには分かってしまう。
「好きなんだぁ。松本さんの事をぉ」
吉川さんは、山岡ちゃんに隠し事はしない。
「うん、見かけが最初良きと思ったら。中身も良いなって思うようになって来たよ」
山岡ちゃんは羨ましい。
「良いなぁ。結婚すると恋愛出来ないからさ。凄く羨ましい」
「へぇ、そうなんだ」
「そうだよ。ねぇ。好きなら、付き合えば良いのに」
吉川さんの表情が暗くなる。
「ダメだよ」
「何で?」
「私は松本さんのタイプじゃないんだよ」
「そうなの? 何で? 吉川ちゃんは綺麗なのに? 黙っていればモテるじゃん!」
「松本さんは、小柄で可愛いタイプが好きなんだよ。松本さんが、婚活アプリでイイねした女の子も、みんな可愛い系だよ。私がガサツで、口が悪いのも、直ぐ怒るのも、すでにバレているし」
山岡ちゃんが大納得した。
「なるー。それじゃ、ダメだよね」
吉川さんが言う。
「だからさ。これ以上好きにならないようにしているんだ。もうエッチもしない」
山岡ちゃんの目の色が変わる。
「え? したの? どうだった?」
「めちゃ良かったよ。熊さんと違って相性が良きポ」
「良いなぁ」
吉川さんが「アハハ」と大笑いした。
山岡ちゃんが顔をしかめた。
「笑わないでよ」
「だって、結婚している人が、私を羨ましがるからさァ。山岡ちゃんは、旦那としなよ」
山岡ちゃんは真顔で言う。
「やだ。もう触られたくもない」
「え――。そんな事はないでしょう。まだまだ新婚じゃん」
山岡ちゃんは、本気らしい。
「でももう嫌になったよ。旦那なんか嫌い」
「それは困ったね。ところでその旦那さんは、あれから病院に来たの?」
「来たよ」
「来たなら、良かったじゃん」
山岡ちゃんは不満いっぱいらしい。
「それがさ」
「何?」
山岡ちゃんの顔は明らかに怒っている。
「お義母さんも来てさ。デスられてさ。女の子なんか欲しくなかったって言うんだ。1年お腹を休めないと次が産めないから、困ったもんだって言うんだよ」
「酷い……」
「旦那の家、老舗の寿司屋だからさ。跡取りは男が欲しいらしくて……」
「今時、そんな話あるの?」
「こう言う時代だから、大ぴらには誰も言わないけど。あるんだよね」
吉川さんが言う。
「別れたくなるね」
山岡ちゃんが悲しげに言う。
「結婚はギャンブルだわ。結婚する前は、旦那も、お義母さんも、超良い人だったんだ。救いはお義父さんだけだよ。唯一子どもの誕生を喜んでくれたもん」
吉川さんが子どもを見て言う。
「こんなに可愛いのに」
山岡ちゃんも言う。
「でしょう? 産まれて来てくれて、私は凄く幸せを貰えたのに。お義母さんと旦那のせいで、台無しだよ」
吉川さんが言う。
「我々で可愛がれば良いよ」
山岡ちゃんが言う。
「ありがとう」
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