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僕は君に、お願いする
服を買いに行って、4日後だった。
吉川さんが、仕事が終わって自宅に着くと、家の前に松本さんがいた。
吉川さんが驚いて聞いた。
「あれ? 何で家の前にいるの?」
松本さんがオロオロして答えた。
「そろそろ帰ってくると思って、待っていたんです」
吉川さんの仕事が終わる時間はまちまちだ。誰かに聞かなければ、そろそろ帰ってくると思ってと言う言葉は出てこない。
吉川さんが、松本さんに聞いた。
「なんで、そろそろ私が帰って来るのが分かったの? 熊さんにでも聞いたの?」
「一昨日、インフォーメーションカウンターの藤井さんに聞いたんです。そしたら教えてくれました」
吉川さんは怒り心頭だ。
「あ、あのババア! 勝手に私のシフトをバラして!」
「だから、そろそろ、吉川さんのラインを教えてくださいよ」
「嫌だ。そんな事したら、私が惨めな気持ちなるから」
「何でです?」
「友だちとセックスした女になりたくないの」
「もう、その辺、良いじゃないですか? このままだと、連絡が取りにくくて仕方ないですよ」
「別に、私は松本さんと、連絡をとれなくてもいいし」
「酷いなぁ。肉買ってきたのに……」
「あれ? 何で?」
「アプリで知り合った女の子と、2回目も会える事になったんです。1回目でフラれませんでした。これも吉川さんのお陰だからですよ。だから一緒に肉を食べようと思って」
アプリの女の子と、手間をかけてやっと会えて、気に入っても、再度会う事はなかなか難しいのだ。
「そりゃ良かったね」
そう言いつつ、吉川さんは、松本さんのエコバッグの中を覗いた。
「あー、これ高い肉じゃん!」
「奮発したんです」
「そうなんだぁ。良いよ。うちに上がって。ホットプレート出すから。焼いて食べようよ」
松本さんと吉川さんは、吉川さんの家のキッチンで、焼肉の用意を始めた。
するとそこに熊さんが帰ってきた。
ダイニングテーブルの上の、ホットプレートを見て、熊さんが言う。
「焼肉かぁ? 良いな。俺にもくれ」
吉川さんが即答した。
「嫌だよ」
「なぁ。良いだろう? 俺は10年モノのウィスキーを提供するからさぁ」
吉川さんが松本さんを見た。
それで松本さんが了承した。
「じゃぁ、それで手を打ちましょう」
「俺、着替えて、部屋からウィスキーも持って来るよ」
熊さんは、一度自分の部屋に行ってしまう。
吉川さんが言う。
「松本さんは、ホットプレートを見ていて。私はもう少し野菜を切るよ」
松本さんが、テーブルについて、ホットプレートの温まり具合を確認した。
「だいぶ温まったみたいだから、人参とかピーマンとか焼き始めていいですか?」
「いいよぉ」
そう言いながら、吉川さんは器に氷を大量に盛って来た。
「ウィスキーを割るのに使う氷だよ」
そこにウィスキーを持って、熊さんが現れた。
熊さんは、前かがみになって氷を置く、吉川さんのお尻を、じっと見た。
前かがみになった吉川さんのお尻の割れ目に、黄色いレースのパンティが食い込んでいる。
吉川さんは、熊さんにお尻を見られている事を、全く気がついていない。
でも、松本さんは、熊さんが吉川さんのお尻を見ている姿を、見てしまった。
それから、熊さんが、おしりから視線を外す。
その時、松本さんと熊さんの視線が合う。
視線があって、熊さんはバツが悪そうに、松本さんを見た。
熊さんが言う。
「さぁ、肉をじゃんじゃん焼こうぜ」
熊さんが、盛大に肉をホットプレートに置き始めた。
そして肉が殆ど食べ尽くされた時、松本さんが吉川さんに聞いた。
「ところで、気になっていたんですが、なんでいつもここに来ると、吉川さんはブラとパンティだけしか身に着けてないんですか?」
「え? 私はこの家に住み始めた23歳から、リラックスタイムは、この格好だよ」
「でも、今は僕や熊さんがいるんです」
吉川さんには、ピンとこない。
「だって、元カレと、1回しちゃった男でしょう? もう良いでしょう? 別にその辺は気にしなくて。ねえ、熊さん。どうせ私の下着姿なんか、なんとも思ってないんだよね?」
熊さんがシラっと言う。
「そうだな。なんの感情もわかないよ。全然何も感じない」
「ほらね」
熊さんが、時計を見た。
そしてやおら携帯を出す。
「俺サッカーの、ライブ配信を見ないと。忘れていた」
熊さんが携帯に釘付けになった。
吉川さんが、その様子を見て、クスッと笑った。
「熊さんはサッカーが好きだよね。あっ、洗濯機回していたの忘れていた。見てくる」
吉川さんが、脱衣所にある洗濯機へ向かう。
その後を、松本さんが追う。
「手伝いますよ」
「え? 良いよ。私の洗濯物だけだしさぁ」
しかし、強引に松本さんが、吉川さんについて、脱衣所に行く。
吉川さんが、洗濯機からバスケットに、洗濯物を移した。
その様子を見ながら、松本さんがもじもじしながら言う。
「お願い、服を着てください」
「え? 何、急に?」
「服を着てよ。お願いです」
「何で? 急に……」
松本さんは訴える。
「やらしい目で、熊さんは、吉川さんを見ているの、吉川さんには分からないんですか?」
吉川さんは、信じない。
「そんなはずないよ。だって2年間、熊さんは、私に手を出さなかったんだよ。その間私は家では、下着姿で歩いていたんだよ」
「分かってないんです。吉川さんは何も分かっていなんですよ。たぶん、熊さんは、まだ吉川さんが好きなんです。だからこの家から出ていかないんです」
「そんな事あるわけないよ」
「とにかく着て欲しいです。熊さんの前では、かならず服を着てください。じゃないと、僕は……、心配です……」
吉川さんも、好みの男に心配されると、流石に弱い。
最近は、弱い松本くんが、可愛く感じてしまっている。
「分かった。心配してくれているんだぁ。松本さんは良い人なんだね。分かった、着るよ」
吉川さんは思う。
(熊さんは、絶対に、自分なんか興味もないのに。松本さんは真面目で良い人だから、私のことなんかまで、心配してくれるんだぁ)
吉川さんは、しみじみ松本さんが、真面目で良い人だと思った。
それに好みの男に、心配されて嬉しいもあった。
だから吉川さんは、松本さんの意を汲むことにした。
脱衣所に置いてあった、Tシャツとショートパンツを履いた。
「これでいい?」
松本さんは、小さく「うん」と言った。
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