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君と僕が歩く、帰り道
松本さんに解放されて、カナイちゃんは、都会の街中に消えて行った。
松本さんが吉川さんに聞く。
「平気ですか?」
吉川さんは、まだ身体がフワフワと浮いて感じた。それでも意地をはる。
「大丈夫、私は強いから」
顔色の悪い吉川さんが、松本さんは心配だった。
「そうは見えませんでしたが……。いずれにしてももう大丈夫ですよ。カナイさんの会社の名刺も頂いたし、運転免許証も写真撮ったし、念書も書いていただいたんで。もう来ないですよ」
「本当?」
松本さんは頷く。
「下手に警察行くより、効果あると思います」
「松本さんは、今回の対応が手慣れてたけど」
「僕、探偵事務所でバイトしていたんですよ。それでです。ストーカーとかね、色々あるんです」
「そうなんだ。知らなかった」
「吉川さんは、僕に興味ないからですよ」
「だってさ。興味を持っても、仕方ないじゃん。私は松本さんのタイプじゃないわけだし。松本さんは、癒し系がいいんでしょう?」
松本さんは、吉川さんの問いを無視して、別な事を言う。
「反対側の道路に出る出入り口を使った方が良いですよ。駅に近いから、人が多いし、明るいし」
吉川さんが心底言う。
「そうする。向こうから出ると家から遠いから。ついこっちから出ちゃって。何でこっちから出るの知っていたのかな」
松本さんが分析する。
「こっちから出てきた時だけ襲おうと思ったんでしょう。それで出て来なかったら、次回は明るい方で待ち伏せされて、家まで後を付けられたかもしれませんよ」
「そうかぁ」
松本さんが珍しく怒っている。
「それでも明るい道を使った方が良いです。吉川さんは本当に不用心です。僕は、吉川さんが心配です。遅くなるときは、僕が迎えに来ますよ」
「いいよぉ。悪いし」
吉川さんは、自分の聞きたい事があった。
「それよりこの裏道を、何で松本さんは、歩いていたの?」
「え? 忘れていたんですか? 焼き肉をした日約束したでしょう。今日、待ち合わせしていたじゃないですか? 吉川さんが、アプリの男の方と、2回目会い終わるから、その時の話を今日聞かせてくれるって」
「あれ、そうだっけ?」
「そうですよ。すぐ忘れるんだから……。約束していたから、僕はあそこにいたんです」
「ごめん。忘れていたよ」
困り顔で松本さんが言う。
「連絡が取れなくて、本当に困るんです。ラインを教えてください」
「いやだ。私は、松本さんとは友だちにならないから。ラインや電話番号を教えない」
「じゃ、単なる知り合いでいいです。教えてください」
「だめ。知り合いにはもっと教えないんだよ」
「僕の事が嫌いですか?」
「嫌いじゃないよ。顔とか体型とか、凄い好きなタイプ。性格だって良いポ」
松本さんが粘る。
「だったら、ラインくらいいいじゃないですか?」
「駄目。松本さんが、私の謎々が解けないと、教えてあげない」
唐突な話に、松本さんは困惑した。
「謎々? なんです? 謎々って」
「私は、ずーと謎々を、松本さんに出し続けているんだけど。やっぱり気が付かないよね?」
「分かりませんでした。え? どんな問なんです?」
吉川さんが、真剣な顔で言う。
「どんな問かは言えないけど。もし松本さんがこの問いを解いて、それでも私のラインや電話番号を知りたいなら、教えるよ」
松本さんの表情が輝く。
「本当ですか? せめて問いを教えてください」
吉川さんは頑なだ。
「教えない。もう、おしまい。この話はおしまい。今日はありがとう。本当に助かったよ。今度お礼するよ。ラインと電話番号以外で、何が良い? 何でも良いよ」
松本さんは、お礼より謎々が気になっていた。
「考えておきます」
「わかった。それよりお願いがあるんだけど」
「なんです」
「私の腰に手を回して、支えて歩いてくれない。私、腰が抜けて、体に力が入んないみたい……」
吉川さんはまだ体の震えが、完全には止まっていなかった。
松本さんが心配そうに吉川さんを見る。
「いつもあれほど血気盛んなのに……」
「うるさいなぁ」
松本さんが吉川さんの腰に手を回す。
「お陰で、吉川さんが、余計可愛く感じます」
「うる……さい……。私は弱くなんかないんだから」
松本さんがニコニコしながら言う。
「はい、分かっていますよ」
吉川さんは、言葉とは裏腹に、吉川さんは松本さんに寄り添い歩く。
まるで恋人同士みたいに。
吉川さんは思った。
――本当にそうだったらいいのに――
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