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君が僕にお礼する 1
暴漢事件から1週間ほど経って、松本くんは、吉川さんに、熊さんを通じて呼び出された。
それで駅前の、パチンコ屋の前にいた。
すると、吉川さんがやって来た。
「待ったぁ?」
松本さんが首を左右に振った。
松本さんが聞く。
「何で待ち合わせ場所が、パチンコ屋前なんですか?」
「熊さんがよくパチンコしているからじゃないのぉ?」
松本さんは納得した。
今回の待ち合わせ場所を決めたのは熊さんだったからだ。
松本さんが更に聞いた。
「今日は、吉川さんは、休みなんですか? 日曜日なのに」
「ううん。今日はシフトが6時間だったんだ。9時から出勤して、16時上がりだったから」
松本さんはニコニコして言う。
「誘ってくれて、意外でした」
松本さんは、吉川さんに誘われて嬉しくて仕方ない。
「今日は、奢ろうと思ってさぁ。ほら、この間助けてもらったから」
「そんなァ、良いのに」
「良くないよ。熊さんに頼んで、松本さんに、お礼は何が良いか聞いてもらっても、松本さんは全然言わないし」
松本さんは困り顔で言う。
「お礼されたら、お礼されたいから、助けたみたいじゃないですかァ」
吉川さんは、困り顔の松本さんが可愛いと思う。
吉川さんが、怪訝そうな顔で言う。
「たださぁ、熊さんに、松本さんへの連絡を頼んだから、高く付いたよ」
松本さんが心配して聞いた。
「高く付いたって……」
吉川さんが悲しげに言う。
「まず、今回の暴漢事件について、めちゃくちゃ怒られた。最悪! 更に熊さんが相手の勤務先を教えろって言い始まって……。大変だったよ」
松本さんが「はぁ」とだけ言った。
と言うのも……。
松本さんは、吉川さんが熊さんにこの件を話しから、有楽町に呼び出されていた。
そして、熊さんにメチャメチャお礼を言われて、銀座の高い和食店で奢られていた。
そして1枡1500円の日本酒を飲みながら、熊さんからお礼した事は吉川には黙っておいてくれ、と言われていたのだ。
吉川さんが話を続けた。
「それから、3日間も夕飯作らされたよ。最悪――! クソ熊!」
「なるほど。僕も、吉川さんの料理が食べたかったな」
「あ――。ダメェ、ダメェ、ダメェ。私のは、本当に手抜きの雑料理だから、お礼にならないから」
「そんなことないです」
松本さんが必死になって言うが、吉川さんは全力で、自分の料理を否定した。
「いいよぉ。気を使わなくて。自分で知っているからさぁ。熊さんにもデスられてるんだから。熊さんくらいしか喜んで食べる人はいないんだって」
松本さんが力説した。
「僕も喜びますよ」
吉川さんは、素直に嬉しい。
「本当? 嬉しいな」
「本当です」
「ありがとう。でも今日は外ごはんしよう。いい店を友だちから教えてもらってさぁ」
そして、二人は店につく。
小洒落た外観の店の扉を開けた。
ポップアメリカンな内装で、洋楽が流れていた。
店内は、フットライトも使われて、いい感じに薄暗い。
ガラス張りの冷蔵庫には、瓶ビールが並べられ、壁にはダーツが掛けられている。
そして当然というべきか、店内は若い男女で溢れていた。
松本くんが店内を見回してから、携帯を見て言う。
「マップの表示は、まだ口コミや星もないですよね?」
「最近できたポ。友だちが1度連れてきてくれたんよぉ」
二人は店員に席へ案内された。
二人でメニューを見る。
その時。
吉川さんの表情が変わった。
「ヤバッ!」
「どうしたんです?」
吉川さんがメニューで顔を隠す。
「ヤバい! ヤバい! ヤバい! いる。何でいるのぉ」
「誰がいるんです」
「この店を教えてくれた、友だちだよ。ほらあそこ。窓側の席のぉ」
松本さんが窓側の席を見る。
「女の子ですか。ピンクのTシャツを着た」
「違うよ」
「じゃぁ、その隣の、オレンジ色のカーディガンの女の子ですか?」
吉川さんがメニューで顔を覆いながら教えた。
「違う。バカみたいなドクロのTシャツを着たアホ面の男と、その隣のぉ、賢そうな地味イケメンの男だよ」
「あ、友達って、男だったんですか?」
「そうだよ。高校の時の友だちなんだ。見つかるとヤバいよぉ」
「いいじゃないですか? 見つかっても」
松本さんはむしろ見つかりたい。
しかし吉川さんは、違った。
「あいつら煩いよ。口が悪いし。そんなのに絡まれたら、松本さんは嫌でしょう?」
「僕は大丈夫です。それとも僕と一緒にいるのを見られるのが、吉川さんが嫌なら、僕……」
吉川さんがニッコリ微笑んで松本くんを見つめた。
「嫌じゃないよ」
松本さんが赤くなる。
その時。
吉川さんは肩を叩かれた。
吉川さんが振り向く。
「よう、奇遇だなぁ」
「あぁぁぁ、平川と山本くん……」
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