塩ラーメンが食べたいな

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塩ラーメンが食べたいな

 熊さんが、吉川さんに別れを切り出してから、二人は別れ話の続きをしなかった。  別れ話を決着させないまま、熊さんと吉川さんは同居を続けていた。    別れて10日も経った頃だった。    夜が23時を回った頃、吉川さんは家に帰って来た。  明日からのセールの準備で、館内の飾り付けを変える為に、残業してきたのだ。  それで家に帰って来たのが、22時過ぎてしまった。さっき風呂から上がった。    吉川さんは、今日もブラとパンティしか身に着けていない。吉川さんは、家では基本、このスタイルだ。  吉川さんは冷蔵庫から缶ビールを1本出して、プルトップを開けた。  ”プシュー”  と音を立てて、ビールの蓋が開く。    吉川さんは、缶のまま、ビールを一口のんだ。  「旨い! あービールは旨い!」  それから吉川さんは、ビールを抱えたまま冷蔵庫から、昨日の残りの野菜炒めを取り出して、レンジに入れた。  レンジで野菜炒めを温めている間に、塩ラーメンを煮る。  塩ラーメンが煮上がったら、そこにレンジでチンした野菜炒めをのっける。  吉川さんは大満足だ。  塩ラーメンの入った鍋を、ダイニングテーブルに置いて、自分も椅子に腰を下ろす。  吉川さんは、鍋から直接ラーメンを食べ始め、心から言う。  「あ、美味しい」    するとキッチンの扉の向こうから声がした。  「一口くれよ」  横目で、吉川さんが声の主を見る。  当然同居人の熊さんだった。  吉川さんが憮然として言う。 「嫌だよ。熊さんは、今日はさ。華ちゃんの手料理を、馳走になったんでしょう?」  熊さんはキッチンに入って来て、吉川さんが座っている席の、正面に座った。 「何かこう満足できなくてさ」  吉川さんは、口をモグモグしながら言う。 「これはさぁ。大したもんじゃないんだよ。インスタントの塩ラーメンに、昨日の夕飯の残りの野菜炒めのせだよ。こんなんがぁだよ。華ちゃんの気合の入った手料理に敵うはずがないわ」    今日は、熊さんは華ちゃんの家に行っていたのだ。華ちゃんの家に泊まって来ると、吉川さんは聞いていた。今朝、熊ちゃんが「今日は華ちゃんが手料理を食べさせてくれる」と嬉しげに、吉川さんに自慢してきたのだ。  だから何故今、熊さんが吉川さんの家の中にいるのか、吉川さんにはわからない。  吉川さんが聞く。 「なんで帰ってきたの? 華ちゃんとこに泊まって来るんじゃなかったの?」  熊さんが難しい顔をした。 「良いだろう。別に。帰って来る来ないは、俺の自由だろう?」 「確かにね」  熊さんが、羨ましそうに塩ラーメンを見ながら言う。 「俺さぁ、吉川と3年近く同居して、吉川の味に慣れているだろう? 何かぁ、他の家で手料理たべると、ダメなんだよなぁ。吉川の料理が恋しくなるの」    吉川さんはだんだん苛立ってきた。  なんせ10時間ぶりの飯なのだ。吉川さんは腹ペコだった。 「え――、別れた女の手料理を食いたがる男なんて、最低だよ」    けれど、熊さんは眼の前の塩ラーメンに夢中だ。 「良いからくれ」  吉川さんが仕方なく、鍋と、吉川さんが使用中の箸を渡す。  熊さんは渡された鍋と箸に大満足だ。  塩ラーメンを一口すする。 「美味い」  その様子を見て、吉川さんが言う。 「ふーん。あーもう、あげる。それ」 「良いの? くれるの?」 「なんだか、もう要らなくなった」  熊さんの目は煌めいた。 「本当に? 俺全部食べちゃうよ」 「良い。あげる。私は違うの食べる」  吉川さんは、ビール片手に椅子から立ち上がって、冷蔵庫の中を見る。  その様子に、熊さんが尋ねる。 「何か作るの?」 「チャーハン。卵とネギしかないから、それしか具がないけどね―」 「俺にも作ってくれ」  吉川さんが流石に怒って言う。 「やだよ」    しかし、熊さんも引かない。 「何で? ついでに作ってくれよ」  吉川さんは、お腹が空いている。  しかも、残業までして、疲れていた。  だから、本気で怒っていた。 「絶対おかしいから。元カノに夜中チャーハンを作らせて食べるなんて」  流石に熊さんもシュンとする。 「そうかな?」    吉川さんは、熊さんの顔を見て、言い過ぎたかなと思った。  でも、謝ることはしなかった。    そして、こう言った。 「そうだよ。もういい。私、食べない。寝る」  吉川さんは、ビール片手に、自分の部屋に行ってしまう。  キッチンに残された熊さんは、吉川さんがキッチンを出て行ってしまうのを見届けてから。  塩ラーメンを、また食べ始まった。  そして熊さんがポツリ言う。  「今日の下着は、白だった。白って良いよな」
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