偶然会う

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偶然会う

 吉川さんは、勤めているショッピングモールへ、オフの日に食品を買いに来た。  食品売り場に行くのに、一番近い自動ドアを、吉川さんはくぐり抜けようとした。  その時、声をかけられた。  「こんにちは」  吉川さんは、声の主を見た。 「あ、タバコを買いにくる……」  そしてつい、吉川さんは、言ってしまう。  「今日は、相澤さんはサービスカウンターにいないよ」  吉川さんのセリフに、意表を突かれたのか、男はたじろぐ。 「え……、そんな……。別に僕はぁ」  男にたじろがれて、しまったと吉川さんは思った。 「まっ、違うならいいけど。それじゃ、また。私は食品を買いにぃ」 「あの、ちょっと待ってください」 「え! 何か……。もしかして、私の発言に怒った? ごめんなさい! 私は一言多いからさぁ」 「違うんです。怒ってないです。あの、聞いてもいいですか? 僕、最近相澤さんに避けられている気がするんです」 「うーん。まぁ。あながち間違いではないと思います」 「やっぱり……。相澤さんは、彼氏さんとかいるんですか?」   「私、相澤さんとはそこまで親しくないから、知らないけど……。何なら告ってみたら?」  男はもじもじしながら、吉川さんに聞いてきた。 「上手くいくと思います?」  吉川さんは、なんでもハッキリ物を言う。 「普通は無理でしょう。相澤ちゃんは19歳だよ。あなたの名前はぁ……」 「松本です」 「えっとぉ。松本さんは30才くらいですか?」  済まなそうな顔で、松本さんは答えた。 「29歳です」    吉川さんは、ウンウンと頷きながら言う。 「相澤さんよりも、10歳も年上だと、相澤さんは松本さんを、おじさんだって感じると思うよ。相澤さんには、松本さんが怖いんじゃないかな?」  松本さんの顔は引き攣った。 「そうでしょうか? 僕は、怖いタイプじゃないと思うんですけどぉ」    吉川さんは、ジロジロと松本さんを見た。  吉川さんは思う。 (どっちかって言えば、弱い感じする)    流石に弱い感じだとも言えないので、吉川さんは言葉を濁した。  吉川さんは、見知らぬ男と話すのが、正直面倒くさかった。  それで話を切り上げようとした。   「うーん。まぁ、私は相澤さんじゃないから、なんとも言えないけどさ。後は本人に聞けば?」  そう言うと、ドサクサまぎれに、吉川さんが去ろうとした。  それを男が引き止めた。 「ちょっと待ってください」  吉川さんは、松本さんに引き止められて、仕方なく聞いた。 「え? 今度は何?」 「もう少し話せませんか?」  吉川さんは、心底困ってしまう。    他の女が好きな男に、かまけている暇は、吉川さんにはない。 「何で私が松本さんとぉ、話をするんですか?」  松本さんはもじもじしながら言う。 「僕、女友達もいないし。もう少し相談に乗ってもらえないかと……」  唐突なお願いに、吉川さんの思考は固まった。 「相談ですか?」   「ええ、相談です。お茶くらい奢ります。なんだったらスイーツも奢ります」 「うーん」 「時間がないですか?」  吉川さんは、正直に言えば、暇だった。  アプリの男にイイねして、ダイレクトメッセージを待つくらいしかやることがない。  確かに、他の女が好きな男にかまけるのは、無駄だとは思ったが。    吉川さんは思う。 (顔と、身体が好みだからなぁ。私が相澤さんだったら、付き合うのになぁ)    お茶も奢ってくれるというので、暇つぶしに、話を聞いてみようと、つい思ったのだ。 「まぁ良いか。行こう」  
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