ニセモノの愛

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ニセモノの愛

バンッ 教室の中。 現在、休憩時間。 自分の席にいた私は、急に視界に現れたソレに目をやる。 ソレは、私の机上に乗る――骨格の浮き出た大きな手。 腕を辿ると顔が見え、クラスで有名な男子だと分かった。 「早く逃げろよ」 黒髪に、少し吊り上がった目。 キレイなアーモンド型の瞳は、真っすぐに私を見ている。 「逃げる、って……」 目の端が、まるで痙攣したようにピクピクと動く。薄茶色の長い髪が、風もないのに不安げに揺れた。 そんな私を見て、男子は―― 「お前、危ないぞ」 私にしか聞こえないザラリとした声で、言い放った。 「危ないって……何が、かな」 「……」 分かっているくせに―― という顔をした男子は、私を冷ややかな目で見た。 私も、負けじと男子から目を逸らさない。 それはまるで、腹の探り合いだった。 次にお互いが何を言うのか――頭の中は、反撃用の言葉たちで埋め尽くされていく。 だけど、それは杞憂にすぎなかった。 「何がって、お前。アレが見えないのかよ」 「……アレ?」 男子がツイと視線を動かす。 その後を、ついていく私。 すると―― 黄色と黒の警告色を身にまとった、大きなハチがいた。 そのハチは、驚くことに私の手のひらほどある。 そんな巨大なハチが、私の足元すぐ近くにいる――この現実に、クラリと眩暈がした。 「だから言ってるだろ。早く逃げろ」 「で、でも……」 私が動くと、ハチも一緒に動きそうで怖い。 動いた瞬間に針で刺されそうで、怖い。 「怖くて、動けない……」 眉を下げて、男子を見る。 男子の向こう側には、既に避難しているクラスの皆。ハチに怯えた表情で、私たちを遠くから心配そうに見ていた。
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