少女と凪

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少女と凪

 少女は駅前にある大手の塾を出て、駅に向かって歩いていた。  今日も暑いなあ。そろそろ八月も終わるっていうのに。  彼女が頭上の太陽を恨めしくにらむと、真っ白な日差しが彼女の視線を簡単にへし折り、足元に叩きつけた。  彼女は中学三年生になって初めて学習塾に通い始めた。夏期講習というものに参加したのもこれが初めてだった。さっき塾の友だち数人に、自習室が空いているから勉強していこうと声をかけられたけれど断った。建物の中には授業後のけだるい空気が充満していて、あの空気の中にいたら、きっと、お菓子や何かを食べながら延々と雑談を繰り広げてしまうに違いなかった。  疲れたな。  彼女はとぼとぼと駅の中に入っていった。駅の構内に入ると、まっすぐ改札口には行かずにいつもの広場に向かった。  ガラス張りの壁の向こうに、いつもの青い空と海が広がっていた。ここは観光名所みたいになっているけれど、その日は空いていて、シートに座っているのは女子高生らしい集団と同い年くらいの小柄な少年だけだった。彼女は少年の隣のシートに座って、いつものように海を見た。  寄せて、返す、寄せて、返す、寄せて……波はいつものように規則的だ。きっと彼女が帰っても続くし、寝ている間も明日も続く。地球から引力が失われない限り、きっと彼女がこの世界からいなくなっても続くだろう。頭の中にメトロノームが空気を刻む音が鳴った。  ああ、ピアノ、弾きたいなあ。  勉強はそれほど嫌いではない。二次関数や漢文のような、わけのわからない単元もあるけれど、あれこれ考えて正解にたどり着くのはけっこう楽しい。でも。  ピアノより好きなものなんてない。  彼女は振り返って広場に置かれたグランドピアノを見た。弾きたい。でも、もう弾いちゃだめだと自分に言い聞かせた。彼女の頭の中に溶け合うことのない思いがあふれ、彼女はなすすべもなくシートの上で固まっていた。
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