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『………お前、チマっこいのに面白い目をしてるなぁ。ちゃんと意思を持ってるのに、絶望しか見えない。家に閉じ込められてるわけでも、別に親に問題があるわけでもないのになぁ?むしろ親は真っ当にお前を愛しているのに、お前は歪んで歪んで歪みまくってる。なぁ、なんで、絶望しているんだ?この世界がつまらないか?……それとも、自分の未来でも知ってしまったのか』 夜、なんとなしに月を眺めていると、急に変な声が聞こえてきた。 姿は見えないくせに僕の顔を覗き込んでいるのであろう空気は分かる。 その声はずっと僕に聞こえる位置で独り言を言い続けていた。 ……とりあえず耳障りだからやめてほしい。 だが言葉にさえ出してないのの伝わるはずもなくその声が止まることはない。 急に黙ったと思えばまた急に話し出す、その繰り返しだ。 結局、朝になって買い物に出るまでその声は聞こえていた。 否、独り言がなくなっただけでずっといることは分かる。 「レイ、どうかしたの?何か欲しいものでもあった?」 「なんでもないよ、母さん。欲しいものもない」 「そう?じゃあ、もう帰りましょうか」 「うん」 そんな、いつも通りに過ぎていくただの日常。 その平穏が壊されたきっかけはなんだったのだろう。 でも、始まりは間違いなく普通では聞くことのないほどに切羽詰まった一つの声だった。 「おめぇら、逃げろ!!!」 その言葉は主語がなかったのに何故か僕たちに向けられたものだとすぐに分かった。 「「え?」」 二人で一緒に後ろを振り返るともう数歩もないところにあるナイフ。 持ってる人間の足が速かったのか、 それとも周りの人が気付くのが遅かっただけなのか。 それは、そのままいくとすぐに僕に当たるであろう場所にあった。 「レイ!危ない!」 普段は聞かないような大声とドンっと体が押された感触がして、お尻が石畳に打たれた痛みを感じる頃、僕の目に映ったのは胸にナイフが刺さった母さんの姿だった。 きっと僕を押し出した時に体制が崩れて、低い位置にあった刃がちょうど心臓に当たる位置になってしまったんだろう。 そのナイフを持っていたであろう男の背中は僕が見た時にはもう僕の足で追いつくのは不可能なほどに遠くにあった。 「母さん、血が出てるよ。ねぇ、なんで目を開けないの、なんで起き上がらないの?……ねぇねぇ、母さん、起きてよ。僕を置いて行くなんて酷いよ、母さん」 石畳に赤黒い水溜まりが広がっていく。 僕の手も、足も、服も母さんの血で汚れて、冷たい感触が肌にまで届いて周りが動くことで起こる風の寒さが僕を苛んでいく。 周りの人は叫んだり、僕を母さんから離そうとしたり、男の逃げていった方向を指差して叫んでいたりと、いつも穏やかな道は混乱の渦の中心になった。 でも、その中には一人も母さんのために涙を流す人間はいなかった。 もちろん、それは僕も含めて。 『あーあ、死んじまったなぁ?母親が死んでも涙も流さない。その瞳に悲しみの色は微塵もない。挙句の果てには置いて行くなって?死にたがりにも見えないくせに、この世から居なくなるのにはずるいと感じるのか』 壊れてんねぇ?と頭の中で笑い声が響き渡る。 だって、本当に何にも感じられないんだ。 身近にいた人が居なくなった悲しさも、母さんを殺した奴に対する憎悪も、母さんを助けようともせず、汚いものを、珍しいものを見るためだけに周りに集まってくる人たちに対する怒りすらも、 …………なんにも感じられないんだ。 いつの間にか来ていた憲兵のような人たちが僕を母さんから無理矢理引き離し、動こうとしない僕を抱き上げて詰所のようなところに着くと、僕の血まみれの姿を見た人が慌てて、また別の部屋に連れていかれた。 お風呂らしい場所につくと、濡れた服を脱がされて、洗い場に押し込まれた。ここまでの流れが速すぎてほとんど抵抗もせずされるがままになっていた僕はそこで、ようやく一人になれた。 いや、一人と言うのは語弊があるかも知れない。 「夜から僕の近くでうるさくしてる君はいつ姿を見せてくれるの?」 『おっと、ずっと無視されてたから聞こえてないのかと思ってたわ。それにしても目の前で母親が死んだのにそんなにはっきりと話しかけられるとはなぁ』 自分の姿を見せる気になったのか、返事が聞こえる時には真っ黒い服に身を包んで、僕を見て歪に笑っている男が僕の目の前に現れていた。 その姿は、灰髪赤目で、全てのパーツが理想的な形で小さな顔に入りきっている。その姿は見た人全員が美男子だと断言すると自信を持って言えるほどに、人間離れしていた。 ………まあ、実際人間ではないんだろうけど。 だってさ、さっきまで姿すら見えなくて声しか聞こえなかったし。 『姿を見せるのは初めてだったか?そういえば、まだ会って?俺が見つけて、だな。まあそっから1日も経ってなかったなぁ。俺の名前はメ……いやフィルとでも呼べば良い。それよりもお前、望みを言えよ。そうすれば俺はお前のそばにずっといてやるよ?』 「じゃあ、フィルが僕のそばにいることが望みでいいよ、みんな死んじゃったし。……死んだあとの僕の魂なんて興味ないから君にあげる。悪魔ってそうやって契約するって聞いたことあるよ」 『俺が悪魔って分かんのか。ちびっこいのに勘はいいのな。じゃあ、契約するぞ』 ちびっこいって、これでも僕は8歳なんだけど。 僕がそう思っている時にフィルが意味のわからない言語を呟いておもむろに僕の額に手を伸ばした。それを目で追っていると頭に衝撃が走った。 「いっっ…………………急になに、するの」 『契約だ、契約。腕にでも見たことない模様浮かんでんだろ』 フィルの言葉に自分の腕を見ると確かに植物のつるみたいなのに全くそれとは思えない変な模様が浮かんでいる。 後から聞いたところによると、フィルが契約という言葉を発して僕がそれに応えて望みを言った時点で大体の儀式?的なものは終わっていたらしい。 意味わからない言葉は強制的に契約を守らせるための誓約書みたいなものを僕につけるためらしいよ。 それから、憲兵に事情聴取されて、お人好しだったのか、それとも変に同情でもされたのかそこの偉い人の息子になった。 美味しいご飯と綺麗な服に寝床が毎日用意されて、僕が実親なしの子供には勿体無いほどとても良い環境にいるんだろうなってことはなんとなく分かる。 だって、街に出て少し表通りから外れるとガリガリにやせ細った人が沢山座り込んでいる景色がこの街の日常だから。 教会に保護された子どもたちでも正気のない顔をして痩せている子の方が多いのが当たり前だった。 むしろそういう子供たちが太っていればその教会が悪どいのだと思われる。 子供が優先なんてそんな綺麗事を言う奴はいない。 そんな子供や路地裏に座っている人達に時間潰しと好奇心で僕の境遇を教えてみると、母さんが死ぬところまでは何も思ってないような目でこっちを見るのに、偉い人に引き取られた話まで行くと、裏切り者を見るような目で見られて、悪ければ石を投げつけられることもあった。 まあ、石は全部フィルが防いでくれたから僕に当たることはなかった。 何回か同じことをやってたら反応に飽きたっぽいフィルに止められたよ。 そんな毎日を過ごしているうちに、いつのまにか僕が問題なく過ごせるようにフィルが基本的な知識を教えてくれるようになっていた。 必要のないことでもフィルは質問すればなんでも答えてくれた。 「悪魔って魂とかを代償に求めるけど、魂をどうするの?」 『飾るのが殆どだなぁ。楽しい時間を過ごしたこと思い出すには何かきっかけがあれば思い出しやすいだろ。魂は人の本質を映してるからそれにピッタリだし?それに、もしソイツが俺を憎んでいたとしても魂が俺のものなら結局、ソイツ自体俺のものって事だろ?』 その事に思い至る時の顔は人間の闇そのものにしか見えねぇからゾクゾクするよなぁ?とフィルは口角を上げる。 そういう姿は人間というものを嘲笑っているようにしか見えなくて、フィルは間違えようもなく悪魔なんだって事を僕に実感させる。 普段は見た目が無駄に整ってる事と変な角や尻尾以外人間と違うところはあんまりないし。 『ほら、もう寝ろ。人間は寝ないと死ぬ軟弱な生き物だからな』 「………過保護すぎだよ、フィル」 結構頻繁に言ってるけど、フィルが聞き入れてくれたことはない。 大人しくベットに登って目を瞑る。無言で僕を覗き込むフィルの視線を感じたけど反応するのもめんどくさくて、そのまま意識を闇に預けた。 『人の子ってわからないなぁ。……………おやすみ、レイ』
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