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先輩と後輩。(視点:咲)
葵さんと並んでパソコンの画面を見詰める。大量に表示されたメイド服。画像の一つを開くと、葵さんは吹き出した。どうでしょう、とダメ押しで指差してみせる。
「水着タイプです」
「タイプっていうか、ただの水着じゃないか」
「一応メイド服のカテゴリーですよ」
そう言いながら、私も声が震えた。色味こそ白と黒でメイド服調、更にプリムと超短いエプロンは付いているものの、これをメイドさんと認めて良いものか。
「面白すぎるだろ。いやぁでも、あいつはどんなメイド服でも着るって言ったからな」
「先日の撮影で、露出の多いメイドさんも新たな可能性を秘めていると知りました。こちらを着ていただくことで、更に奥地へ踏み入れるかも知れません」
「どこの奥地だよ。ひひひ」
葵さんが悪魔の笑い声を上げる。メイドのです、としっかり親指を立ててみせた。
「あー、面白い。だけど意外と値段が安いんだな。一着六千円か。ビキニタイプとワンピースタイプ、どっちも買うか」
「ただ、サイズがわからないと購入は難しいですかね」
「わかるから安心したまえ」
親友同士とは言え、少し怖くなる。知らない内に私のサイズも把握されたりしているのだろうか。まさか、ね。
「んじゃ両方買おうぜ。お互い、一着ずつ負担な」
「……あの、本当にいいんですか? 買っちゃって。選んでおいてなんですが、恭子さん、いくらなんでも嫌がりませんかね?」
ビキニだけならまだしもメイド要素が加わったことでマニアック性が一気に増している。流石に拒否される気もする。
「着るって言ったのはあいつだ。二言はない」
葵さんが容赦なく言い切った。わかりました、とパソコンの席を譲る。サイズの選択を葵さんに任せて私はお茶を煎れる。サイコキネシスでやかんに水を入れ、コンロにかける。一方で、戸棚から小さな紙袋を取り出した。
「よし、注文完了っと」
振り向いた葵さんが台所と私を見比べた。
「相変わらず器用な超能力だな」
「慣れていますから」
そう言いながら、段々鼓動が高鳴ってくる。ふいー、と葵さんは床に腰を下ろしクッションを膝に乗せた。
「楽しみだなぁ」
悪魔の笑顔、にしては目が輝きすぎている。それはともかく。
「あの」
意を決して声を掛ける。ん、と小首を傾げた。
「あの、あの、葵さん」
「何だよ。何を慌てている」
すぐに優しい笑顔に変わった。私を見詰める目が少し細められる。
「これ、葵さんに」
そう言って紙袋を差し出した。ほう、と受け取ってくれる。丁寧に開封した袋の中から出てきたのは。
「あれま、イルカさんのネックレスじゃないか。しかもこれ、ひょっとして」
指を絡ませる。あからさま過ぎて恥ずかしい。
「咲ちゃんと、お揃い?」
はい、と俯く。田中君に、何処のお店で買ったのかを教えてもらった。瞬間移動で訪問して、すぐに買って帰って来たのだ。
「何だか照れ臭いな」
葵さんが頭を掻く。
「嫌なら着けなくて大丈夫です。ただ、お礼がしたくて」
「お礼?」
首を傾げる優しい先輩に、はい、と頷きを返す。
「二年間、ずっと恋愛の相談に乗ってもらったお礼です。おかげで田中君と付き合うことが出来ました」
「……どうかねぇ」
その返答は、葵さんの変化を感じさせてくれた。少し前までの葵さんなら、私なんて役に立たなかった、って間違いなく口にしたもの。
「まあ、君からのお礼の気持ちはちゃんと受け取るよ。ありがとう」
すぐに着けてくれた。大事にする、と服の中へ仕舞う。そうして私を手招きした。同時にやかんが鳴り出したので、サイコキネシスで火を止める。ちょっと待っていてね。
「告白成功、おめでとう」
葵さんが優しく抱き止めてくれた。はい、と私は体を預ける。
「良かったなぁ、やっと気持ちが通じ合って」
「はい」
葵さんの手は優しい。
「田中君と付き合えて、楽しい?」
「……はい、とても」
照れ臭いけどちゃんと答える。
「そっか。本当に、嬉しいよ」
「私も、です」
抱き締めてくれる腕に少し力が篭る。
「でもさぁ、恭子が速攻で田中君の気持ちに気付いたって聞いた瞬間は流石に落ち込んだよ。こちとら二年間、彼も咲ちゃんを好きだなんて微塵も気付かなかったんだからな」
「それは私も一緒です」
「ついでに綿貫君も全然気付かなかっただろ。君、相談相手に恵まれなさすぎだぜ。前に言っただろ、私と彼は恋愛ポンコツコンビだって。意味、わかった?」
「残念ながら」
「あはは、だろうな」
私も葵さんの背中に手を回す。互いに言葉が途切れた。葵さんの薄い体に頬を押し付ける。
「葵さん」
「ん?」
優しい声。いつも私に掛けてくれた。
「本当に色々、ありがとうございます」
「こちらこそ、咲ちゃんにはたくさん素敵な時間を貰っているよ」
「そして、何度も傷付けてすみませんでした」
この薄くて細い体を、私は。
「気にするな。もう君は二度とやらない。それだけで十分さ」
貴女は必ず許してくれる。だけどその優しさに甘えて過ぎてはいけない、ですよね。
「葵さん」
「ん?」
「ずっと、見守ってくれますか」
「……」
「ずっと、私の優しい先輩でいてくれますか」
「……」
「ずっとずっと、傍にいられますか」
「重たいねぇ」
「……」
「重たいけどさ」
「はい」
「先輩だからね」
「……」
「後輩が無事に楽しい人生を送れるか、見届けたいよ」
「……はい」
「だから、さ」
「はい」
「こちらこそ、これからもよろしくね」
「……良かった」
「泣くことはないだろ」
「すみません」
「少なくとも、君の泣き虫がなおるまではちゃんと傍にいるよ」
「そのためには」
「うん?」
「時間がかかりますよ」
「……」
「……」
「望むところさ。後輩」
「ありがとうございます。先輩」
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