メイド服の選定と炎天下の外出(視点:葵)。

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メイド服の選定と炎天下の外出(視点:葵)。

 咲ちゃんと並んでパソコンの画面を見詰める。大量に表示されたメイド服。画像の一つを彼女が開いた。紅地に白のシャツとエプロンが映えている。珍しくスカートも膝上丈だ。どうでしょう、と後ろに立つ私を見上げた。 「普段、恭子さんに着て貰っているのは黒地に白エプロンのクラシックタイプです。三着ほど同じ系統を買いましたけれど、たまにはこういう趣向の違う物に挑戦するのも良いのでは?」  私は顎を摘んだ。脳内で親友である恭子に着せてみる。 「シンプルに、エロいな」 「そんな噛み締めるように言わなくても」  咲ちゃんがちょっと引いている。選んだのは君だけどね。値段は二万七千円。社会人二年目の私にはなかなかの負担だ。だからこそ咲ちゃんと手を組んだ。咲ちゃんが一万円、残りを私が払って保管は彼女に任せる。これならギリギリ生活に支障は出ない。 「よし、買おう。一万円、よろしくな」 「いつも多めに出していただきありがとうございます。では購入します」 通販で新たなメイド服をゲットした。流石に恭子は恥ずかしがるだろうか。そもそも未だにメイド服を着る際はいつも赤面から始まる。初の撮影会から二年も経ったのだ。少しは慣れそうなものなのだが。まあ私はコスプレなんてしないから好き勝手言えるんだけどさ。 「あとはいつも通り、撮影会の日取りを調整しなきゃだな」 私の言葉に、そうですね、と画面を見ながら頷いた。撮影クルーは決まっている。監督兼カメラ担当兼移動担当の咲ちゃん。被写体にしてメイド姿担当の恭子。撮影補助担当及び暴走咲ちゃん担当の田中君。傍観担当の私。完璧なバランスだ。大学四年の時からこの四人で恭子にメイド服を着せて撮影会を不定期開催している。私と恭子が就職してから大分頻度は落ちたけど、初回から二年弱、細々と続いている。まったく、奇妙な縁が結ばれたものだ。  部屋の電気を点ける。色の違いをはっきり見たい、とメイド服を選ぶ時には明かりを落とすのが常だった。目が悪くなりそうだと最初は思ったが、二年経っても視力は変わらない。Tシャツの胸元に引っ掛けている金縁眼鏡は伊達だ。 「選定、お疲れ様でした。お茶でも飲みましょう」 「お疲れさん。いやぁ、有意義な夏休みだねぇ」  グラスに氷を入れて、そこにペットボトルの緑茶を注いでいる。ちなみに咲ちゃんはパソコンの前から動いていない。購入手続きが正常に完了したか、通知のメールを確認している。私はちゃぶ台の前に足を投げ出して座っている。この部屋にいるのは私達二人だけ。それじゃあ誰がお茶を注いでいるのかと言えば咲ちゃんである。どういうことか。答えは簡単。  咲ちゃんは超能力者だ。  サイコキネシス。テレポート。テレパシーにパイロキネシス。とにかくなんでもござれである。今も片手間にお茶を注いでいる。流石に振り返った方がいいのではないかと気にはなるが、超能力使用歴イコール年齢なのは伊達じゃない。一滴も溢さず注ぎ切った。グラスは空中を滑り私の前に着地した。出会ってから二年間、何度となく目の当たりにしたので最早驚くわけもない。ありがと、と早速口を付ける。よし、と呟き咲ちゃんもちゃぶ台の脇に腰掛けた。 「葵さん、座椅子を使っていいですよ」 「気後れするんでパス。家主が使ってくれたまえ」 「気にしなくていいのに」 「それより今度の撮影は何処へ行こうか。ミニスカメイドに映える場所に心当たりはあるかい?」  私の問いに、どうでしょう、と首を傾げた。短い髪が揺れて可愛らしい。 「真っ先に行きたいのは秋葉原ですが、人が多すぎます。瞬間移動で出没は出来ません」 「電気街だったら大阪にあるビルの地下に同じようなところがあるな。テレビで見ただけだから具体的に何処なのか調べる必要があるけど」 「電気街もそうですが、やっぱりミニスカメイドは秋葉原に還ると言いますか。絶対に一度は撮りたいのです」 「しかしホコ天の時も撮影は禁止だからなぁ。合成するか?」 「合成は負けた気になるのであまりやりたくないのです。こうなったら恭子さんにメイド喫茶へ体験入店して貰ってその隙にバシバシ写真を撮るしかありません」 「あいつも一応社会人なんだ。ダブルワークは出来ないよ。勘弁してやってくれ」  そんな撮影談義に花を咲かせる。ふと気が付けば咲ちゃんの家に来てから二時間も経っていた。午後一時。昼飯時だ。土曜の今日は店も混むだろう。 「出前でも取るかね」 「それならカフェへ行きませんか? 田中君がアルバイトをしているのです」  おや、意外だ。彼に接客は似合わない。何と言うか、腹の中で常に相手の粗を探している気がする。そんな人に接客スマイルが浮かべられるのか。まあ単なる私の偏見だけどさ。 「夏休みだけの短期だそうです。お金を貯めて旅行にでも行ければ、とも言っていました」 「君と一緒に?」  咲ちゃんが吹き出した。ついでのように無人の座椅子が一瞬宙に浮く。サイコキネシスが発動しておるがな。まさか、と勢い良く手を振った。 「そんな、一緒に旅行なんて、有り得ないです」 「でも君ら、二人でこの家にいる時もあるだろう。旅行くらい行ってもいいんじゃないの」 「いやいや、友達同士ですから。恋人ならまだわかりますけれど、友達が旅行って。それも男女で。公序良俗に違反します」 「そんな大袈裟な」  まあまあ、顔を真っ赤にして初心ですわね。だけど赤面したからってパイロキネシスをうっかり発動させたりしないでおくれ。焼け死ぬのはごめんだ。 「そんじゃ色男の制服姿でも拝みに行きますか」  膝を叩いて立ち上がる。思いがけず江戸っ子みたいになってしまった。 「お昼を食べに行きましょう。ね」  わざわざ言い直すあたりがまた初々しい。よしよし、と頭を撫でると俯いた。ごめんよ。可愛い後輩はいつまでも愛でていたいんだ。  外に出て一分で後悔した。八月の午後一時に外へ出るのは愚行どころか自殺行為だ。帽子一つで防止出来るほど陽射しは甘くない。咲ちゃんは涼しい顔をしている。汗一つかいていない。また何か超能力を使っているのか。 「私も涼しくしておくれ」 「すみません、これは調整が難しいのです」  人もそこそこ歩いているので能力の詳細は聞けない。ただ私が涼ませて貰えないことはわかった。いいなぁ。発汗を抑える粉を全身にはたいてきたのだが、咲ちゃんの家を訪れるまでに染み出した汗で流れ落ちた。結局汗はかくんかい、とキレそうになったが近頃の常軌を逸した暑さがメーカーの想定以上に発汗を促しているのかも知れない。  電車に乗り、三駅先を目指す。冷房のおかげで瀕死の淵から生き返る。しかし十分程で到着してしまった。 「嫌だ。もっと涼んでいたい。終点まで行って往復して戻って来る」 「それはキセル乗車です」  ごねたが無理矢理降ろされた。暑い、と愚痴る私の手を咲ちゃんが引く。ううむ、これだけはラッキーかな。いや、駄々っ子扱いされているだけか。それにしてもひんやりした手だ。体温調整の能力だろうか。 再び陽射しの下を歩く。十歩歩くごとに、あちぃ、と無意識に言葉が零れた。もう少しですよ、と咲ちゃんが励ましてくれる。 「ほら、あそこです。あの二階ですよ」  指差した先は雑居ビルだった。外観はお洒落から程遠い。 「咲ちゃんは行ったことがあるのかい」 「いえ、初めてです。前を通っただけですね」 「入れば良かったのに」  すると何故か俯いた。何だ。どうした。彼女の地雷でも踏ん付けたか。内心ちょっと焦っていると、いえ、とぽつりと呟いた。 「何だか、照れ臭くて」  あぁ、そうか。ただの恋心か。乙女は複雑ですわね。 「いいじゃんか、好きな人の働く姿。かっちり制服を着て、いらっしゃいませ、なんて笑い掛けてくれるんだろ。通い詰めた方がいいぜ」 「ちょ、ちょっと葵さん。好きな人って」 「好きなんだろ。彼のこと」  咲ちゃんが慌てて辺りを見回す。同時に風も無いのに道端の木が揺れた。おい、超能力者。周囲を索敵する前に注意すべきところがあると思うぞ。 「田中君が聞いていたらどうするんですか」 「流れで告白しちまえ」 「そんな無茶な」 「無茶でもないぞ。私なんて気が付いたら告白していたんだから。自分でも驚いたわ」  そう言うと咲ちゃんは言葉に詰まった。しばし微妙な沈黙が流れる。咳払いをして、まあな、と適当に仕切り直した。 「そうだな。私を信用してくれたから君は初恋について話してくれたんだよな。ごめん、ノリが軽すぎた」  しっかりと頭を下げる。 「いえ、そんな。そこまでしなくても大丈夫です。さあ、早く入りましょう」  早足で前を行く彼女。その背中を眺めながら、チョロいな、と失礼ながら思った。同時に彼女の相談を受けた日の記憶が蘇る。暑さによる走馬灯でないことを祈りたい。
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