制服を着た色男と少食者と超能力者(視点:咲)。

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制服を着た色男と少食者と超能力者(視点:咲)。

 ビルの階段を上る。二階に着くと目の前に喫茶店の扉があった。少し緊張しながら押し開ける。いらっしゃいませ、と彼が出迎えてくれた。 「あれ? 田嶋さんじゃん。いらっしゃい」 「こんにちは、田中君」  軽く手を振る。お店の制服に身を包んだ姿はいつもより五割増し格好いい。いや、普段から素敵だけれども。 「よぉ田中君。似合うじゃねぇか色男」  私の背後から葵さんが声を掛けた。チンピラみたいな絡み方に、お客さん達が振り返る。田中君の顔は引き攣っていた。どうも、とかろうじて絞り出す。 「葵さん、駄目ですよ。そんなことを大声で言ったら」  先輩の服の裾を引っ張る。 「いいじゃねぇか。こちとら友達だぞ」  私達のやり取りを無視して、お席にご案内します、と田中君は歩き出した。 「柄にもねぇな」 「指差さないで下さい」  葵さんは本当に優しい先輩なのだけれど、とても口が悪い。事情は伺っているし、健気な努力なのだと知っている。彼女は口の悪い自分を演じているのだ。ただ、最近では演技ではなく素になっているのではないかと疑っている。  二人掛けのテーブル席へ通された。すぐに彼がメニューを持って来てくれる。 「ありがとう」 「サンキュな」 「お決まりになりましたらお呼び下さい」 「ヘイ彼氏、注文いいかい、って?」 「呼べるもんなら呼んでみなさい」 「悪かった。ちゃんと呼ぶ」  やり返された葵さんは素直に謝った。こういうところに人柄が現れるんだよなぁ。田中君を目で追うと、カウンターで店長と思しきおじさんと言葉を交わしていた。内容は聞こえない。ただ、おじさんはこちらをチラリと見て目を丸くした。葵さんに驚いているのかな。君の友達は不良なのか、なんて言われているのかも。 「咲ちゃんは何を食べる? 私はアイスコーヒーとサンドイッチのセットにするわ」  おっといけない、まだメニューを開いてすらいない。慌てて中を確認する。食事も割と充実していた。パスタではなくスパゲティと書かれているのはお店のこだわりなのかな。でも今はピザの気分だ。ページを捲る。二人前から、と書かれていた。 「葵さん。ピザ、半分こしません?」 「そんなに食えない」  そう言えばこの人は小食なんだった。いや、でも待てよ。 「サンドイッチをやめて、ピザを食べる気には」 「うん? そんなにピザが食べたいのか? まあ、だったら半分こするか。いいよ、好きな物を選びな」 「ありがとうございます。何にしようかな」  うきうきしながら写真を見比べる。可愛いね、と呟くのが聞こえた。返事はしない。だって可愛くなんて無いから。私は普通。それだけでありがたい。  アイスコーヒーが葵さんの前に、アイスティーが私の前に置かれた。砂糖とミルクは断る。葵さんは、運んで来てくれた田中君を無言で見詰めた。口元がニヤついている。田中君は反応しない。ごゆっくりと、と言い残し去って行った。 「何でそんなにニヤニヤしているのですか」 「馬子にも衣装って言葉がチラついてな」 「使い方、合っていますか? それに田中君はいい人です」  少し頬を膨らませる。わかっているよ、と葵さんは手を振った。 「ちょっとからかいたくなっただけさ。流石に可哀想だから自重したし。でも田中君、何かちょっかいを出したくなるんだよなぁ」  そう言って目を細めた。私の鼓動が僅かに早くなる。大丈夫。葵さんは私が田中君を好きだと知っている。だから横から奪い取るようなことはしない。そんな人じゃない。葵さんに限って有り得ない。でももし、葵さんみたいに見た目はとても綺麗で中身も素敵な方が現れて、田中君を手に入れようとするような事態が訪れたのなら。私は絶対に叶わない。超能力者である以外、私に人より優っているところなんて無い。 「どうした咲ちゃん。急に項垂れて。具合でも悪いのかい」  声を掛けられ我に返る。いえ、と首を振った。気分転換にアイスティーを飲む。葵さんの端正な顔が真正面から目に入った。いいな、美人で。目は色素が薄く茶色をしている。睫毛も長い。眼鏡をかけたらレンズに当たりそう。通った鼻筋。細い顎。小さくて張りのある桃色の唇。そして真っ白な肌。改めて見ると顔が整いすぎている。 「何だ。私の顔に何か付いているのか」  そこから発せられる乱暴な言葉。ギャップ萌えを覚える人もいるかも知れない。そう言えば葵さんにメイド服を着せようと思ったことは無いな。今度、恭子さんでなく葵さんの撮影会を開こうかしら。破天荒なポーズを取って貰うのも面白いかも。 「咲ちゃん? おーい。聞こえているか?」  撮影場所は日本海なんていいかも。岸壁を前に仁王立ち。積み重なった岩に足をかけたり、荒い波をバックに腕組みをしてカメラを睨み付けて貰う。うん、いいなこれ。二年も一緒にいたのにどうして気付かなかったのだろう。いや、理由はわかっている。私の中で恭子さんの見た目がメイド姿として完璧過ぎたのだ。だから周りの人が目に入らなかった。ごめんなさい、葵さん。こんなにも一級品の素材である貴女を見過ごし続けていました。私の曇った眼をお許し下さい。 「今度、よろしくお願いします」  そう言って頭を下げる。 「何の話?」  葵さんが首を捻ったその時、お待たせしました、とお皿を手に乗せた田中君がやって来た。 「マルゲリータときのこピザのハーフアンドハーフ、それとミニサラダ二つになります」 「すっかり様になってるじゃん。格好いいぜ大将」  葵さんの野次を無視して伝票をプラスチックのケースに入れる。失礼します、と一礼する時、思いっ切り葵さんを睨みつけた。悪かったよ、と片手で拝む仕草を返している。こういうやり取り、私は田中君としたことは無いな。 「さ、食べようぜ。いただきます」  葵さんが丁寧に手を合わせた。いただきます、と私もそれに倣う。心の引っ掛かりはひとまず忘れるとしよう。誰かと一緒に食べるご飯は美味しくいただかなくちゃ勿体無いもの。  葵さんはとてもゆっくりと食事を取る。高校生の時、大きな手術をしたそうだ。その時、しばらくご飯を食べられなくなって、再び固形食を口に出来るようになるのがとても大変だったらしい。 「だから未だに私は飯を食うのが遅いんだ。量も食べられないしな」  恭子さん撮影隊の四人で初めて居酒屋へ行った時、葵さんが教えてくれた。だから自分のことは気にしないで皆は好きな物を好きなだけ食べてくれ。こっちは勝手に一人でやるから。そう言った。気を遣わせないためなのかと最初は思ったけれど、本当に食べるのは遅いし小食だった。その割にお酒はたくさん飲んでいた。酔いも手伝ってツッコミを入れると、酒は液体だから、と肩を竦めた。そういうものなのか、私にはわからない。  ミニサラダとピザをふた切れ食べた葵さんは、あとは食べていいよ、と背もたれに体を預けた。 「流石に少なすぎじゃありません?」 「普段の昼飯はおにぎり一個と野菜スープだ。私にはこれくらいで十分なのさ」 「ちなみに間食は」 「しない。甘い物は好きじゃない」  ちゃんと食べないと長生き出来ませんよ。そう言いたかったけれど飲み込んだ。葵さんだって好きで小食になったわけじゃない。そこをつつくのはよろしくない。 「じゃあ、いただきます」 「どうぞ」  窓の外を眺める葵さんの横顔。それを見詰めながらピザを口に運ぼうとする。だけど不意に手を止めた。おてふきで軽く拭い、急いでスマホを取り出す。行儀が悪いのは百も承知だ。その上で、葵さんにカメラを向けた。 「どうした」  こちらに気付く。顔の角度が変わってしまった。 「駄目です。今の体勢に戻って下さい」 「今の体勢?」 「窓の外を見ながら遠い目をするのです」  意外と素直に従ってくれた。しかし今度は表情が変わっている。 「戸惑いが顔に出ています。もっとアンニュイにお願いします」 「わかんねぇよ、アンニュイな表情。大体、撮られる役は恭子だろ。私を撮ってもしょうがない」  伸ばされた手がスマホを抑えた。残念。折角いいイメージの湧く画だったのに。 「ほら、遊んでないで食べちゃいな」  小さい子に言い聞かせるように葵さんが私を嗜める。溜息を吐き、わかりました、と小声で答えた。写真に収められなくて、本当に残念だ。
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