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その生き物は今も、この国の海と山のいずこかに集落を築き、おもしろおかしく暮らしている。……らしい。
種族の総称は「山あざらし」。
海に住む山あざらしは寒いのが好き。海の中にある縦に細長い、塔のような洞窟に住んでいる。最上階には望遠鏡があり、海の中からでも夜空の星を眺めて楽しむことが出来る。
山に住む山あざらしは暑いのが好き。山の中の村に住んでいて、そこにはお店がたくさんあり、山あざらしはみんな手に職を持ち働いている。コックさん、大工さん、他にもいろいろ。
海を泳いでいる姿ならかろうじて、「……あざらし?」と思えなくもないのだが。山にいる姿はどんぐりに手足頭がくっついたようなずんぐりむっくりしたシルエットで二足歩行。異様すぎて「……あざらし??」と思ってしまうことだろう。
肌の色には個体差があり、赤青黄色などの単色に限らず「虹色」までいたりする。
海と山の山あざらしはごくたまに、富士山のてっぺんで交流会をする。
こんなに楽しく暮らしている彼らなのに、ただひとつだけ、負の伝統がある。
年に一度、集落で最も優れた山あざらしの若者をひとりだけ選び、人間の子供に食べられるための生贄として捧げるのだ。
山あざらし達の社会では、自分を食べた生き物に転生できると信じられていた。
海に住んでいるのは魚に、山に住んでいるのは獣に捕食されがちな彼らは、来世で人間に生まれ変わるために人間に食べられることを栄誉と考えていた。
「十四歳の誕生日、おめでとう。海琴ちゃん」
「ようやく今年はあなたの順番になったわね。山あざらしをいただける、この村でただひとりの子供のね」
「わぁーい、やったぁ~」
同じ「山元の家」に暮らす子供達、職員達、日頃から見守ってくれている村の大人達に囲まれて、祝福の拍手を浴びるのは竹屋 海琴。十四歳になったばかりの女の子。彼女より先に山あざらしの味を知った子供達は口を揃えて、「今までの人生で食べたものの中で一番おいしかった」と絶賛する。それを聞いて、ミコトはいつか自分の順番が回って来るのを待ち焦がれていたのだ。
ミコトの着席するテーブルの目の前、山魚の刺身に囲まれて舟盛りにされたオレンジ色の山あざらしが横たわっている。みかんの皮みたいな色をしているなぁ、と感じさせられてミコトの食欲を増幅してくれた。
前菜代わりに刺身を平らげたミコトは、いよいよ待望の瞬間を迎える。山あざらしを右手で鷲掴みにして、
「いっただっきまーす!」
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