食べられたくない山あざらしは人間に化けることにした

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「山あざらしさん。あなたは、今まで子供達に食べられるために捧げられた仲間達とは違う役目を持った、ミコトちゃんのための生贄なのかもしれないわ。あなたがあの子に捧げられた意味は、ご両親がしたのと同じ道をミコトちゃんが選ばないように、彼女を見守ること……悲しい連鎖を断ち切るために、今、ここにいるんじゃないかしら」  ミコトは山元の家に暮らす子供達の中で、年長者の部類になってきた。自分より幼い子供達のお世話を手伝うのは日常で、今日も最近新しく迎えられた赤ちゃんの世話を担っている。 「はぁーい、モコモコちゃ~ん。山あざらしでちゅよー」 「おしゃぶりがわりにオイラをくわえさせんのやめろよなぁ~」  と、口では文句を言っているけれど。実はこの山あざらし、歯が生えていない赤ちゃんのやわらかい歯茎で甘噛みされるのが、けっこう気持ち良いことに気が付いてしまった。 「食べたら絶品って聞くし、噛むだけだって美味し~いエキスじゅわわ~ってしてそうだよねー。あたしもちょっとやってみていい?」 「大人の歯が生えそろった中学生に噛まれるのはお断りですぅ~」 「ちぇー、ざんねーん」 「てか、そんなんされたらちょっととか関係なくさすがに死ぬかんな? ガチで」  恵まれたとは言い難い空虚な人生を送ってきたミコトにとって、趣味と呼べそうな時間の過ごし方はひとつだけ。山元の家の近くにある、古民家カフェで「店主のおすすめ、本日のコーヒー」と大好物のおっきなシフォンケーキを味わいながらのんびり寛ぐことである。 「てなわけで、今日は山あざらしとデートしたいと思いまーす」 「せっかくだからここは人間に化けて、ビシッと決めてエスコートだぜ!」 「え、なんで? 案内するのはあたしだし、山あざらしのままでいーじゃん」 「いや、そっちがなんでだよ! デートっつったらそういうもんだろ!?」 「人間ひとりにつきワンドリンク制だからさー。山あざらしのままだったらコーヒー代四百円節約できるんだよね」 「自分から誘っといてセコいこと言っちゃってんなぁ」 「あたし、働ける歳になるまでは親の残した限られたお金で趣味は賄わなきゃなんだよね」 「……そういう深刻な事情なら、しゃーなし」  人間サイズのコーヒーこそ山あざらしのためだけに一品注文はしなかったけれど。山あざらしの体より遥かに大きい……六人分くらいの質量か? というような大きなシフォンケーキの一部を、彼のために切り分けて。使い終わったミルクピッチャーにコーヒーをすくって、ミコトは山あざらしに差し出す。
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