食べられたくない山あざらしは人間に化けることにした

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「頼むぜ大将! オイラをこの店で働かせちゃくんねえか!?」 「山あざらしが人間の店で働きたいなんて見上げた根性じゃねえか。気に入った! いっちょ雇ってやっか!」 「サン、大将のお店で働くんだって? 今日はなんか大人っぽいね」  彼が山あざらしから人間に化ける時、今までは少年の姿だったが、お勤めに合わせて青年の姿に化けてみた。 「山あざらしはみーんな、村で仕事してんだぜ。オイラは(えき)キノコの料理人だったんだ」  益キノコとは人間の世界では毒キノコと呼ばれるもので、山あざらしにとっては栄養効果が抜群の高級食材だった。小さなキノコとほぼ同じサイズの山あざらしなので、それを捌く料理人の仕事は割と重労働だった。  大将のお店とは山元の家近くの歴史ある和食料理店で、あの「山あざらしの舟盛り」は代々、大将の店で作られてきた。  これまでは「おやすみ」を言い合って眠りに着いたサンとミコトだったが、サンが勤め始めてからはその習慣がなくなった。子供達を健やかに育むための「山元の家」は消灯時間が早すぎる。朝は「おはよう」が言い合えるのだからそれで良し、とサンは思っている。ミコトは内心、寂しく感じていたけれど。  その夜もサンは仕事でくたくたになって帰ってきたが、蚊帳の中ですやすやと眠っているミコトを見て、ちょっとした悪戯を思いついた。 「……海琴、起きて」 「ん~……パパぁ?」  サンは以前、チヨおばちゃんが見せてくれた写真でミコトの家族の姿を知った。父親の姿に化けて、ミコトを優しく揺り起こす。 「パパはね、海琴が心配で化けて出て来ちゃったんだ。久しぶりに会えたんだから言いたいことがあったら遠慮なく言っていいんだよ?」  姿を知っているだけでは、その人の口調なり性格なり再現出来ない。しかし、ミコト本人も父親のことはもうほとんど覚えていなかったから、不完全な成りきりでも疑いは抱かなかった。 「何でも言っていいの? じゃあねぇ~……ジンベちゃん(ジンベイザメ)、いつ見に行く?」 「……んん?」 「約束したじゃない。一緒にジンベちゃん見に行こうって。水族館、連れてってくれるって。パパが死んじゃった後にね、八景島の七海ちゃん(ジンベイザメ)も死んじゃってね。そのニュースを見てしばらくしてからだった。ママ、あたしとモカ()に言ったの」
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