食べられたくない山あざらしは人間に化けることにした

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 ミコトは手のひらの上にサンを乗せると、自分の頬に寄せてすりすりした。つい数秒前の彼女の眼差しとは一変して、自分への慈愛に満ちた暖かな瞳。小さな体で彼女の大きな眼を間近に見上げながら、サンは一生ものの誓いを胸に刻みつける。 「……オイラの命あるうちは、ずっとそばにいてやっから。ミコトはオイラを残して、自分で死んだりしちゃダメだかんな。絶対、な」 「心配ないよ。あたし、今はまくらちゃん(ぬいぐるみ)よりジンベちゃんより、サンがいちばん大好きだから。誰かさんみたいに、置いてきぼりにして寂しい思いさせたりしないもん。ぜーったい、ね」  もうすぐ、ミコトとサンが出会って一年くらいになる。大将は、「サンは山あざらしの舟盛りを作っているところなんて見たくないだろうから」と気遣って、彼に数日の有給休暇を与えてくれた。  その休暇を使って、ふたりの夢を叶えることにする。  二〇二三年現在、この国でジンベイザメが見られる水族館は沖縄、大阪、石川、鹿児島の四か所。彼らの暮らす村から交通の便も含めて最も近いのは、大阪だった。日帰りでは忙しすぎるので、チヨおばちゃんが予約してくれたユースホステルにも宿泊する旅の計画となる。 「山あざらしのまんまでいた方が足代も宿代も水族館のチケット代もかからない……なーんて野暮は言わせねえぜ! このためにオイラ、大将の店で働いて稼ぐことにしたんだかんな!」 「そうだったんだー。サンは働き者で偉いなぁ」  まだ山あざらしの姿のままのサンを手のひらにのせて、小さなあたまをよしよしと撫でてやるミコトである。 「てなわけでバッチリ人間に化けてっと……よし、出発しんこー!」 「えいえいおーっ」  ミコトと同じサイズの人間の少年に化けたサンは、お互いの片手に拳を作り、空へと掲げてコツンと寄せ合う。意気揚揚、初めての冒険の始まりだ。  さて、こんな感じ。今もこの国のどこかで、海と山の集落で数え切れないほどの山あざらしが。そこから自立した「化ける山あざらしのサン」と相棒のミコトは、楽しく仲良く暮らしているのかもしれない。……たぶん。
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