名月と妙な縁

4/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 チュンチュんと小鳥の鳴き声が意識をよぎった。閉じられた瞼の向こうは明るくなっているようだった。もう朝か…………朝?ハッとして体を起き上がらせる。ソファで眠った体はガチガチに凝り固まって、首筋が痛い。  久しぶりにカーテンは開けられ、日差しが部屋を満たしていた。慌てて時計を見ると6時をとっくに過ぎてしまっている。 「やばい」 くたびれたシャツに手をかけて、よろめきながら立ち上がる。 「おはようございます」 「えっ」 一人暮らしの部屋で急に話しかけられて、息を呑んだ。黒髪で中世的な容貌の男が優しく微笑んでいる。 「……誰?」 「えぇ、忘れたんですか。昨日助けてもらった、あの」 彼は言い淀みながら頬を掻いた。昨日?と寝起きの脳をフル回転させると、月夜に輝く金色の瞳を思い出した。 「狼男さん」 「はい、そうです。良かった。思い出してくれて」 「目が金色じゃない」 「変身時は色が変化するんです」 「へぇ。ごめん、仕事遅刻するから」 連れ込んでおいて、申し訳ないが遅刻は俺の首を強く締めることになる。シャワールームに走った。 「では朝ごはん用意しますね」 「ごはん?」 彼の言葉に踵を返した。台所には味噌汁が作られ、卵焼き、焼き鮭、きんぴらごぼうまである。 「え、どうしたの。冷蔵庫空っぽだったよね」 「はい。だから朝に買ってきました」 「わぁ、美味しそう。ありがとう。でも本当に時間ないから、ごめん。タッパーやラップはあるから冷蔵庫に入れておいて。夜に食べる」 食べられる元気があるか分からないけどと思いながら、手を合わせると出汁の香りに誘導されて空腹の音が鳴った。 「あはは、ではおにぎりを作るので途中で食べてください。こちらはお弁当にするのでお昼にでも……」 「お弁当?」 「はい」 弁当箱なんて家にあっただろうかと疑問符を投げかけると、彼はシルバーの円筒を置いた。 「何これ」 「スープジャー付きのランチボックスです。必要になるかと思って買ってきました」 「いや、え……お金」 「大丈夫です」 「大丈夫じゃないよね。払うよ」 「あなたが美味しそうに食べてくれたらプライスレスです」 「意味わかんないから」 何がプライスレスだ。宿泊費を取る気もなかったのに、こちらには罪悪感が湧いてしまう。彼は楽しそうに笑った。昨日の夜と印象が違う。中世的な顔立ちはもちろん変わらないが、昨夜は少し弱々しかったのに、今は瞳に意思の強さが滲み出ていた。何度言い返そうともお金を受け取りそうにない。 「仕事大丈夫ですか?」 「え、あ、大丈夫じゃない!」 言い合っているうちに時計の針は進んでいた。 「お金の件は帰ってきてからね」 「はい」 この会話に違和感を持ったが、俺はバタバタしながら身支度を整えて、お弁当とおにぎりを持って家を出た。 「行ってらっしゃい」 「……行ってきます」 長らく使っていない言葉にじんわりと胸が暖かくなる。朝の爽やかな風が肌に触れた。  俺の家に狼男が棲みついたことに気づいたのは1週間後だった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!