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チュンチュんと小鳥の鳴き声が意識をよぎった。閉じられた瞼の向こうは明るくなっているようだった。もう朝か…………朝?ハッとして体を起き上がらせる。ソファで眠った体はガチガチに凝り固まって、首筋が痛い。
久しぶりにカーテンは開けられ、日差しが部屋を満たしていた。慌てて時計を見ると6時をとっくに過ぎてしまっている。
「やばい」
くたびれたシャツに手をかけて、よろめきながら立ち上がる。
「おはようございます」
「えっ」
一人暮らしの部屋で急に話しかけられて、息を呑んだ。黒髪で中世的な容貌の男が優しく微笑んでいる。
「……誰?」
「えぇ、忘れたんですか。昨日助けてもらった、あの」
彼は言い淀みながら頬を掻いた。昨日?と寝起きの脳をフル回転させると、月夜に輝く金色の瞳を思い出した。
「狼男さん」
「はい、そうです。良かった。思い出してくれて」
「目が金色じゃない」
「変身時は色が変化するんです」
「へぇ。ごめん、仕事遅刻するから」
連れ込んでおいて、申し訳ないが遅刻は俺の首を強く締めることになる。シャワールームに走った。
「では朝ごはん用意しますね」
「ごはん?」
彼の言葉に踵を返した。台所には味噌汁が作られ、卵焼き、焼き鮭、きんぴらごぼうまである。
「え、どうしたの。冷蔵庫空っぽだったよね」
「はい。だから朝に買ってきました」
「わぁ、美味しそう。ありがとう。でも本当に時間ないから、ごめん。タッパーやラップはあるから冷蔵庫に入れておいて。夜に食べる」
食べられる元気があるか分からないけどと思いながら、手を合わせると出汁の香りに誘導されて空腹の音が鳴った。
「あはは、ではおにぎりを作るので途中で食べてください。こちらはお弁当にするのでお昼にでも……」
「お弁当?」
「はい」
弁当箱なんて家にあっただろうかと疑問符を投げかけると、彼はシルバーの円筒を置いた。
「何これ」
「スープジャー付きのランチボックスです。必要になるかと思って買ってきました」
「いや、え……お金」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないよね。払うよ」
「あなたが美味しそうに食べてくれたらプライスレスです」
「意味わかんないから」
何がプライスレスだ。宿泊費を取る気もなかったのに、こちらには罪悪感が湧いてしまう。彼は楽しそうに笑った。昨日の夜と印象が違う。中世的な顔立ちはもちろん変わらないが、昨夜は少し弱々しかったのに、今は瞳に意思の強さが滲み出ていた。何度言い返そうともお金を受け取りそうにない。
「仕事大丈夫ですか?」
「え、あ、大丈夫じゃない!」
言い合っているうちに時計の針は進んでいた。
「お金の件は帰ってきてからね」
「はい」
この会話に違和感を持ったが、俺はバタバタしながら身支度を整えて、お弁当とおにぎりを持って家を出た。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
長らく使っていない言葉にじんわりと胸が暖かくなる。朝の爽やかな風が肌に触れた。
俺の家に狼男が棲みついたことに気づいたのは1週間後だった。
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