1.私たちの別れ。

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1.私たちの別れ。

「じゃあ、俺たちの別れに乾杯をしよう」  25歳で結婚して5年、私は今日で30歳になる。  22歳の時、私は大手総合商社のファッション事業部に総合職として入社した。  その時、教育係を務めてくれたのが現在の夫の桜井博貴だ。  入社して2ヶ月で先輩の彼から告白されて付き合い始めた。  付き合って3年で結婚。  そして、その1年後に彼が会社を辞めて起業した。  子供はできなかったが、特に不妊治療はしなかった。  原因がどちらかにあった時に、相手を責めてしまいそうで怖かったからだ。  そして28歳のある日、私は気まぐれに宝くじを買った。  前後賞合わせて7億円当たり、私たち夫婦は大喜びをした。  『高額当選者の手引き』通り私は夫にしか宝くじの当選を言わなかった。  いきなり私が仕事を辞めては周りにバレるということで仕事は辞めていない。  私たちは離婚する。  原因は彼の浮気相手に子供ができたからだ。 「確認するけれど、あなたの有責で離婚するんだからね。財産分与も放棄するってことで良いのよね。もちろん、慰謝料も貰うつもりよ」  私には、仕事もあるし宝くじで当てた7億円もある。  だから、彼と別れてもやり直せる。 「亜香里、変わったな。昔はこんな金のことばかり言うような意地汚い女じゃなかったのに」  私を見下すように言ってきた博貴の頬を引っ叩いた。 「ふ、不倫するような人に言われたくないわ。私は当然の権利を主張してるだけよ!」  どうしてこのような男と結婚してしまったのだろう。  宝くじに当たった時は、博貴と余裕のある生活ができると思っていた。 彼の起業がうまくいっていないことはなんとなくわかっていたし、その資金も出した。  私は彼を一生添い遂げる人生のパートナーだと信じていた。 「もう、1度聞くけれど、どうして浮気なんかしたの?」 「亜香里が俺の好きになった女じゃなくなったからだよ」   何度、聞いても同じ答えが返ってくる。  そんなことを言ったら、彼だって私の好きだった彼ではない。 それでも、恋を愛に変えて私は彼と寄り添っていく気でいた。 「もう、いいか? 彼女、妊娠中だし側にいてやりたいんだ」  博貴は鬱陶しそうに私を見つめワイングラスを渡してきた。 彼はどれだけ私を傷つけるのだろう。  彼は暗に不妊の原因は私にあると仄めかしている。  私は渡されたワイングラスを受け取り、血のような赤ワインを一気に飲み干した。 「ガ、ガハッ!」  思わず私はその場で吐いた。  吐き出したのは血なのか、赤ワインなのか分からない。 (毒を盛られたの? 私のこと、殺したいほど憎かった?)  薄れゆく意識の中で、私を見下ろす冷たい目をした博貴が見えた。 ♢♢♢ 「できるだけ生活は変えず、周囲の人にも当選の事実は伝えないことをおすすめします」  目を開けると、私はヒカリ銀行の応接室にいた。  私は確かに死んだはずなのに、明らかに宝くじを当選した28歳時点に戻っている。 (これは死ぬ前の走馬灯? それとも、時が戻ったの? ) 「もちろんです。絶対に、誰にも言いません」  私は、そう言い残してヒカリ銀行を出た。  私たち夫婦の関係が大きく変わったのは宝くじが当たってからだった。 博貴の帰りは遅くなり、彼がするべき家事はおろそかになっていった。  今、思えば新しい女のところに行っていたのだろう。  エリート商社マンから起業に失敗したと言ってよい程落ちぶれた彼は私に生活費を依存していた。  その状態で浮気するとは思えなかったが、彼は宝くじの当選金を自分の金のように使い浮気相手に注ぎ込んだ。  私が忙しいから自分がお金を管理すると言ったのは詭弁だった。  夕暮れの風景にうっすらと生暖かい風を感じ、私はこれは現実なのではないかと考えだした。  きっと、不倫された上に殺された私を神が哀れに思い時を戻してくれたのだ。  博貴が私を殺したのは宝くじで当選した金目当てだろう。  財産分与をしないことを条件に離婚しては、今までのように浮気相手と贅沢できない。  私が今やるべきことは、離婚することだ。  博貴の浮気の証拠を集めて離婚を申し出たいところだが、まだ彼の浮気は始まっていない。  本人証言では関係が始まったのは離婚の1年前だ。  しかし、彼が不倫をするような男と分かった以上は離婚する一択だ。  浮気をする男は結局、どっかで浮気をする。  パートナーに自分の浮気の原因を押し付けて、言い訳ばかり一丁前だ。  私だって博貴に不満がなかったわけではないが、浮気をしようと思ったことは一度もない。  区役所に立ち寄り、離婚届を貰う。  前回は博貴から離婚届を受け取ったが、今度は私が突きつけてやるのだ。  家に帰ると博貴が夕食の準備をしていた。  彼が起業のために商社を辞めてからは、彼が家事をすることになっている。  彼の収入は商社にいた頃の10分の1程になっていて、家計はほぼ私が支えていた。
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