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5.夫の未来の浮気相手と交流。
「鈴木さん。鈴木さんも今日からですよね。一緒にランチしませんか? 」
私より2歳年上の鈴木菜々子さんは派遣社員だ。
丸の内にある菱紅物産の契約期間が満了して、大手町にある三ツ川商事に来た。
彼女は私と同日にファッション事業部に配属された。
私とは違って愛想があり、セクハラ発言も受け流すような人だった。
事務仕事も非常に手早く正確だったと記憶している。
よく彼女は部の人間に手作りお菓子を配っていて、私はそのお菓子を食べるのを楽しみにしていた。
「え、はい。宜しくお願いします」
私の誘いに戸惑いながら、お財布を握りしめる彼女に笑顔を作る。
回帰前最後に見た彼女は、博貴と不倫をしたことに悪びれもせず私を責めた。
「人のこと見下してるからだよ。ずっとあんたが嫌いだったザマアミロ」
ドスの聞いた声で恨みがましく言われたのを覚えている。
私は彼女を見下したことはないし、むしろ好感を持っていた。
だから彼女がこれから私を誤解しないようにランチに誘うことにしたのだ。
私への憎しみから博貴と不倫関係になるとしても、そんなことはどうでも良い。
私は今世では徹底的に博貴とは関わらないつもりだ。
「何が食べたいですか? 実は、私この辺のお店結構詳しいんです」
ついこの間まで学生の私がオフィス街のランチに詳しいのは若干不自然だが、仲良くなるためには美味しいものを一緒に食べた方が良いだろう。
「何か辛いものが食べたいです。末永さんは辛いものは大丈夫ですか?」
回帰前の鈴木さんの冷ややかな般若のような表情が印象に残っているからか、今の彼女の笑顔は貴重に感じた。
博貴に殺されたことで、私の彼女への恨みは無くなったように思う。
今は、「あのような男くれてやる、いや、もらってくれ!」くらいの気持ちだ。
「大好きです。今日は2人とも黒い服を着ているし坦々麺を食べに行きませんか? 美味しいお店知ってるんです」
「黒い服と坦々麺って関係あるんですか? 」
「汁が飛ぶじゃないですか。結構、落ちないですよ、坦々麺の汁は! 」
私の言葉に鈴木さんが爆笑している。
よく考えれば同じ職場で同日に勤務を開始した仲間なのに、仕事以外で話したのははじめてだ。
前回、私は早くから教育係の博貴にロックオンされてしまったせいか他の同僚との関係が希薄だった。
鈴木さんは私の案内した店に入るとソファーの席を私に薦め、自分は手前の椅子席に座ろうとした。
私はこういう細かい気遣いができる彼女を尊敬していたが、一度もそれを口にしたことはない。
「いえいえ、鈴木さんがゆったり席に座ってください。私、椅子派なんです」
「あ、そうなんですか。では、遠慮なく」
鈴木さんはゆったりしたソファー席に座った。
「私は黒胡麻坦々麺にしますが、鈴木さんはどうしますか?」
「末永さん、決断早いですね。では、私は普通の坦々麺にします」
私がメニューを即決したことにより、鈴木さんを慌てさせてしまったかもしれない。
私は元々決断が早いが、もっと熟考してから行動を起こせば死なずに済んだかもしれない。
前回は宝くじに当たったことを博貴には言わない選択をしたが、彼は私が宝くじを買っていたことを知っていた。
もしかしたら、私の目を離した好きに番号をメモして当選した事実を把握してた可能性がある。
彼が私の当選金目当ての殺人をしていると仮定すれば、離婚を申し出たときに私の財産を奪おうと私を殺す選択をするはずだ。
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