第6話

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第6話

 派手。贅沢。きらびやか。  前世で縁のなかったすべての言葉を凝縮した光景が、今まさに目の前に広がっている。この状況をひとことで表すとするなら〝絢爛豪華〟だ。これしかない。  冴えざえと光る満月が浮かぶ良宵。  王室主催のパーティに参列するため、わたしはふたたびジアラーク城を訪れていた。白地に金糸で刺繍が施された華やかなドレスを身にまとい、腰まで伸びた銀髪を肩が凝りそうなほど盛りに盛って。  ルーチェには「もっと派手になさらないとせっかくの美貌がもったいないです!」と、屋敷を出る直前までさんざん力説された。彼女の言うとおり、たしかにエルレインの美貌は貴族の令嬢たちの中でも群を抜いている、と思う。しかし、これ以上派手にすれば、わたしの羞恥キャパは間違いなく決壊してしまうのだ。  ちなみに、ドレスをはじめとした、この日身につけている服飾品のいっさいは、王子から贈られたものである。  登城し、待ち構えていたのは、国王陛下への謁見という、最初にして最大のミッション。  父であるシナリク伯爵とともに、わたしは震える足で陛下のもとへと見参した。  御年五十。王子と同じ金髪と紫目(しめ)だが、王子とはまた異なるジャンルの精悍な顔立ちをしている。いわゆるイケオジ。目の覚めるようなロイヤルブルーのマントが、すこぶるよく似合う。  初めて会う陛下に、緊張のあまり失神しそうになっていると、陛下の隣に立っていた王子に「大丈夫大丈夫」と無言で励まされた。  気づいてますよ。知ってますからね。内心あなたが愉しんでいること……!  息子をよろしく頼むとか、今日は存分に楽しんでくれとか、そういう話をされたと思う。ほかにも何か話していたけれど、余裕のなかったわたしの頭にはほとんど残らなかった。  人気(ひとけ)のない大広間の片隅。  よぼよぼになりながらやっとの思いで生還したわたしのもとへ、王子がやってきた。 「殿下。改めまして、今宵はお招きくださり誠にありがとうございます」  シナリク伯爵の恭しい挨拶に対し、にこりと麗しい笑みを投げかけ、王子が答える。 「こちらこそ。ご足労いただき、ありがとうございます。どうぞ心ゆくまでお楽しみください。……申し訳ございません、伯爵。彼女とふたりで話しても?」 「ああ! 私としたことが気が利かず申し訳ない。老体は退散しますので、どうか若いふたりでごゆるりと」  顔から花を飛ばしてそう言うと、伯爵はそそくさとこの場から去ってしまった。ほかの貴族たちに話しかけたり話しかけられたりしながら、このパーティーを存分に堪能している。  王太子とその婚約者という、派手な組み合わせ。佇む場所は地味だとしても、おそらく目立っている。近寄りがたいのだろう、誰も寄ってはこないけれど。 「父上との対面は緊張したか?」 「はい。口から心臓飛び出しそうでした……」 「ははっ。飛び出さなくてよかった。そんなに緊張しなくてもいいのに」 「相手が陛下でしかも初対面ですよ? 緊張するなというほうが無理です」 「そうか」 「……なんでそんなに嬉しそうなんですか?」 「いや、可愛いなと思って」 「!」  この肉食系天然たらしめ……!  婚約の継続を互いに確認し合ったあの夜から、わたしに対する王子の態度ががらっと変わった。……変わった、というより、遠慮がなくなったというほうが適当かもしれない。  可愛い。きれい。楽しい。——好きだ。  普段の会話から、こういう言葉をなんの躊躇いもなくさらっと口にしてくるので、そのたび心臓をぶんぶん振り回される気分になる。異性と付き合ったことがないわけではないけれど、こんなにもストレートに感情を表現されたことなどないため、リアクションに戸惑う。  ……しまった。緊張のあまり、大切なことを忘れていた。 「ドレス、ありがとうございます。靴も、アクセサリーも、こんなにたくさん……」  頭のてっぺんから爪先までのトータルコーディネートに対し、謝意を伝える。  すると、王子は、ふわりと微笑を湛えてこう言った。 「俺が贈りたかったんだ。気にしないでくれ。……よく似合ってる」 「!!」  この肉食系天然たらしめ……!!  頭上のシャンデリアにも劣らない顔面でこんなふうに言われて、赤面しない女子などこの世に存在するのだろうか。するなら是非お目にかかりたい。  熱い。首から上でお湯が沸かせそう。 「……あ」  ここで、はたと熱が冷めた。  彼と出会ってからずっと気になっていたことが、まるで糸を伝うように脳裡をよぎる。 「あの、殿下」 「名前で呼んでくれと言ったはずだが?」  ついいつものように呼びかけてしまい、食い気味にこう返された。  あの夜、自分のことは名前で呼んでほしいと、彼から申し出があったのだ。ああそうだったと、訂正を試みる。 「……ディア、ミド……様」 「呼び捨てでいいと言っているのに。まあ、及第点だな。……どうした?」  呼び捨てになんてできるわけないだろうとジト目で抗議するも、彼はどこ吹く風。まったく意に介していないといったふうに、質問を促してくる。  気を取り直し、彼のペースに乗る形で、わたしは話を繋げた。 「今さらかもしれませんが、その、わたしの外見、気にならないんですか?」 「外見? ……ああ。エルレインのその外見がってことか」 「はい」 「まったく気にならないな」  即答。  驚き、きょとんとするわたしの頬に手を添え、間髪いれずに彼は続けた。 「だって〝君〟だろう?」  目の前で、光が弾けた。  ……ずっと怖かった。どんなに別人だと言い張ったところで、わたしがエルレインであることに変わりはない。周りはそう認識しているし、鏡を見て、突きつけられた現実に心が(くずお)れそうになることだって何度もあった。  諦めきれたと思っていたけど、実はそうじゃなかった。不安だった、ずっと。  だけど、そんなわたしを——エルレインであるわたしを——〝わたし〟だと、彼は言ってくれた。  大丈夫。もう迷わない。  ここにいるのは、〝わたし〟だ。 「好きだなあ……」 「ん?」 「え? ……あっ!」 「よく聞こえなかったが、何か嬉しいことを言ってくれたような気がする」 「いや、違っ……、わ、ないかもしれない、ですけどっ」 「もう一度言ってくれないか」 「……っ、……ディアミド様のこと、好きだな、って……」 「……抱きしめたいんだが?」 「だ、だめです! みんなに見られますよっ!」  怖い怖いマジな目怖い! ここじゃだめです、はしたないと思われたらどうするんですかっ!  賑わう広い部屋の片隅でふたり。  笑ったり、驚いたり、冗談を言い合ったりしながら、小さな小さな時間を過ごす。 「あ」 「どうした?」 「腕、治ったんですね」  このあと、あんなことが起こるなんて。 「ああ。傷痕も残らずきれいに完治した。君が処置してくれたおかげだ」 「よかったです。お役に立てて」  このときのわたしは、想像すらしていなかった。
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