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呂老師は、しゅんとしてうつむいているわたしに顔を近づけると、そっと耳打ちした。
「わたしたちは、『奇跡』とでも呼ぶべきものを見せていただいた。友德とも話したのですが、あなたの薬水の秘密は、あまり人に知らせない方がいいことのように思います。医師が来ても、よく調べたらたいした怪我ではなかったので、すでに忠良は回復したと話して、帰ってもらうことにします。それで、よろしいですかな?」
「は、はい……」
「では、あなたにも、粥をさしあげましょう!」
干し魚のだしが効いた、とてもおいしいお粥だった。
「まだありますよ!」と昭羽に言われて、おかわりまでしてしまった……。
志勇の小舟に乗る前に、船着き場の屋台で大好きな饅頭を買って食べたのだけど、荷車に揺られたり、この家へ全力で走って来たりしているうちに、再び空腹になっていたらしい。
せっかく、快癒水の素晴らしい効能を披露したのに、お腹をすかして気を失うなんて、とんでもない失態だわ。まあ、寝ている間に見た夢は、とても心が弾むものだった気がするけれど……。
「忠良は、運が良かったのです。たまたま、深緑さんが志勇の所にいらしたので――。これまでに、金の李を手に入れようと岩棚に上り、命を失った者が一人、大怪我を負った者が二人おります。三人とも、たまたま里の近くを通りかかった余所者でした。しかし、岩棚に上ろうとしてちょっとした怪我をした者は、この里にも何人かおります。
最初にあれを手に入れた者が、たいそういい思いをしたので、どんなに注意をしても、危険を顧みず岩棚に上ろうとする者が絶えないのです。困ったことです」
そう話すと友德様は、ちょっと悲しげな顔で、また大きな溜息をついた。
危険な岩棚に稔る金の李か――。いったいどんなものなのかしら?
わたしもそれを見たら誘惑に負けて、岩棚に上りたくなるのだろうか? まさかね!
「友德様、呂老師、あの……、わたしを……、金の李の木が見える所へ案内してもらえませんか?!」
「深緑さん!?」
二人が、「何を言い出すんだこの娘は!?」と言いたそうな顔でわたしを見ていた。
お金に目が眩んだわけじゃありません! わたしの使命に関係がありそうだから興味を持ったのです!
残念ながら、詳しいことは言えませんけれどね――。
「せっかく旅をしているのですから、土産話になることをたくさん見聞きしておきたいのです。けっして、ご迷惑はかけません。遠くから眺めるだけでかまいません。ですから、どうか――」
わたしは、両手を合わせて拝みながら、上目遣いに二人を見た。
こういうときは、見た目の子どもっぽさが役に立つのよね。
友德様も呂老師も、こんな小娘が欲をかくこともないだろうと思ったのか、李畑への案内を渋々承知してくれた。
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