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友德様が指さす方を見ると、崖の中腹の岩がむき出しになったところに岩棚があり、その上に小さな李の木が生えていた。
葉陰にきらりと光るものが見えたが、それがどうやら金の李らしい。
「四月ほど前のことです――。風がたいそう強い日でした。岩棚には、風を遮るものがありませんので、李の木は大きく揺れて、一つだけなっていた金の李が落ちてしまいました。崖の下で李畑の囲いをなおしていて、落ちてきた李を拾ったのが、志勇と静帆の父親である勇仁でした」
「まあ、志勇たちのお父さんが!?」
「ええ。金の李の扱いに困った勇仁は、呂老師を訪ねました。あの岩棚のある崖は、誰かのものというわけではないので、落ちてきた李は、それを拾った勇仁のものにしてかまわないだろうと老師は答えました。金の李は間近で見れば、ありふれた黄色い李にすぎなかったそうです」
今日も、岩棚の辺りは、風が吹いているらしい。
枝が風にあおられると、金の李ははっきりとその姿を見せた。
磨き上げられた黄金でできているのではないかと思うほど、まぶしく輝いている。
「それならばと、その場で勇仁は李をかじったのですが、中からとんでもないものが出てきました――。黄金でできた大きな種です。いや、種の形をした黄金といったほうがいいかもしれません。表面には、精巧な龍の図柄が浮き出ていたそうです。
驚いた勇仁は、それを持って邸にいたわたしの父を訪ねてきました。勇仁の話に興味を持った父は、それを買い取りました。そして、種と引き替えに大金を手に入れた勇仁は、それきり姿を消してしまったのです」
「姿を消した? なぜですか!?」
「わかりません。大金を手にしたので、つまらない里の暮らしも子どもたちも捨て、大きな町へ行ったのだという噂が流れました。五年前に妻を亡くしてから、男手一つで志勇と静帆を育ててきた勇仁は、違う暮らしをしてみたくなったのだろうと――」
本当に、そんな理由で子どもたちのもとを離れたのだろうか?
友德さんは、勇仁さんが金の李をかじったと言っていた。
もしかしたら、そのせいで体に何か恐ろしいことが起きたのかもしれない。天の花園から落ちて、悪しき質を帯びた李を食べたのなら、どんな凶事に見舞われても不思議ではない。
彼は、子どもたちや里の人に迷惑をかけないように、どこかへ身を隠したのだろうか?
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