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友德様やわたしと一緒に、李畑の柵の中で様子を見ていた偉強様は、明らかにがっかりした顔になり、後ろに控えていた兵士たちをじろりと見た。
「弓の名手が聞いて呆れるわ! 誰一人として、金の李を射落とせぬとは! おまえたちの中に、腕に覚えがある者はおらぬか!? 上手く射落とすことができれば、褒美をやるぞ!」
兵士たちは、互いに顔を見合わせていたが、誰もが小さく首を振り、偉強様と目を合わせないように下を向いてしまった。
しばらく待ってみたが、もう手を上げる者はいないと見て、偉強様が次の方法を試そうと、兵士たちに支持を出しかけたそのときだった。
「わたしに射させてください!」
李畑の入り口の方から、声をかけた者がいた。
えっ?! あれって、思阿さん!? へっ!?
思阿さんは、私たちの方へ近づいてくると、偉強様に丁寧にお辞儀をした。
あまりにも思阿さんが堂々としていたので、偉強様はすっかり気圧されてしまったようだ。うっかりあいさつをしかけて、慌てて胸を張りなおした。
「お、おぬしは、な、何者だ?」
「わたしは、思阿と申します。諸州を旅し、詩作の修業に励んでいる者ですが、故あって、今はこちらの深緑さんの用心棒をなりわいとしております。いささか武芸の心得もございます。わたしに、あの金の李を射落とすことをお命じいただけませんでしょうか?」
「弓の名手といわれる者が、四人がかりで射掛けても射落とせなかったのだぞ! それをおぬしはできるというのか?」
「はい」
「よ、良かろう――、射てみよ! だれか、この者に弓と矢を貸してやれ!」
李畑に控えていた兵士の一人が、思阿さんに弓と矢筒を差し出した。
しかし、思阿さんは、弓と矢を一本だけ受け取り、矢筒は兵士に返してしまった。
「お、おぬしは、一矢で射落とすというのか?!」
思阿さんは、呆れた顔で問いかける偉強様に、返事をする代わりにニヤリと笑いかけた。こういう顔をするときの思阿さんは――、無敵だ。
思阿さんは、ここしかないとでもいうように、迷いなく足を進め、岩棚からけっこう離れた場所に陣取った。
大きく息を吐き、矢をつがえ狙いを定めると、思阿さんは、力を込めてゆっくりと弓を引き分けて矢を放った。
よどみのない動きは、彼がかなりの手練であることを示していた。
矢は、うなりを上げ、岩棚の李の木に向かってまっすぐに飛んでいった。
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