その一 おやおや、早くも薬水の出番のようですね?

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その一 おやおや、早くも薬水の出番のようですね?

 我行日夜向紅海  楓葉蘆花秋興長  平淮忽迷天遠近  青山久與船低昂 「いい詩ですね。思阿(シア)さんが作ったのですか?」 「とんでもない! 蘇軾という大詩人の『出潁口初見淮山是日至壽州』という詩の一節です。季節は違いますが、船旅の気分に相通ずるものがあるなぁと思いまして、つい口ずさんでしまいました――」  ふうん……。いちおう、詩の教養はあるのね。詩人の修行中というのは、嘘ではないのかも――。でも、有名な詩人の詩なら、誰もが知っていて当然なのかもしれないし――。 「そう言えば、春霞楼での詩の教示、たった一回で終わってしまって残念でしたね」 「フフフ……、ご期待に添えなかったようですから、しかたありません。俺は、旅の詩や酒の詩が好きなのですが、芸妓たちからは、『愛する人を想う』とか『辛い別れを嘆く』とか、そういう詩はないのかときかれまして――。『あるかもしれないが、知らない』と言ったら、『もう来なくていいです』と断られました!」 「それは……、なんとも……、お気の毒なことでしたね」  思阿さんは、照れくさそうに笑いながら、頭を掻いている。  大きな体でそんなふうにすると、本当に愛敬があるのよね。ちょっと可愛いなあ……。  えっ? やだ! もう、雅文(ヤーウェン)がおかしなことを言うから! 「へぇ? お兄さんは、詩人なんですか?」  舟の艪を操っている少年が、私たちの会話を耳にして声をかけてきた。  わたしたちは、河の船着き場で、そこまで乗ってきた大きな船を下りた。  次の目的地である層林(スァンリン)という里まで、陸路で進もうと足ごしらえをしていたところ、この少年に出会った。  少年は、志勇(ジヨン)と名乗った。  志勇は、水路を使って、層林から船着き場まで小舟で人を運んできたという。  帰りは、層林へ運ぶように頼まれた荷物をいくつか積んで行くが、二人ぐらいなら大丈夫だから、小舟に乗っていかないかと誘ってきた。  「一人につき、銅銭三枚」という料金で、交渉成立!  わたしたちは、歩かずに、彼の小舟で層林へ行けることになったのだ。
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