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興味津々という顔でこちらを見ている志勇に、ますます決まり悪そうに体を縮こまらせて思阿さんが答えた。
「俺は、まだ修業中の詩人だ。諸州を巡って、詩作について学んでいる身なんだよ。まあ、今は、こちらの深緑さんの用心棒が本業だけどね」
「へぇ? じゃあ、そっちのお姉さんは、用心棒を雇えるようなお金持ちってわけかい?」
「そんなことありません! ご縁のあったあるお金持ちが、用心棒代を出して思阿さんを雇ってくださいました。わたしは、しがない旅の薬水売りです」
「薬水売り? 本当かい!? 咳がおさまる薬水も持っているかい!?」
聞けば、志勇の姉は、一昨日から咳が止まらなくて苦しんでいるという。
層林には、医師はいないので、古老に分けてもらった煎じ薬を呑ませて様子を見ているそうだ。
「姉さんは、働き過ぎなんだよ。今日は休めって言ったんだ。でも、咳をこらえながら、地主の文様のところの畑の草取りに行ったよ。途中で倒れたりしてないか、おいら心配でさ――」
「わたしの薬水は、体の気の巡りを整えるものです。咳にも疲れにも効くと思いますよ」
「本当に!? だったら船賃はいらないから、うちの姉さんに薬水を分けておくれよ!」
「わかりました。里に着いたら、すぐにお姉さんのところへ行きましょう」
またまた、薬水の効能を示す機会が、向こうから転がってきた。
志勇の姉の咳を止めてやることができれば、薬水売りとして里人からも認められる。
そうすれば、層林の里にも滞在しやすくなって、務めを果たすことも容易になるに違いない。まさに、好機到来ね!
「志勇、良かったな。俺は、深緑さんの薬水で病や怪我を治った人をたくさん見てきた。薬水を飲めば、姉さんの具合もじきに良くなるよ!」
「そうなのかい? 深緑さん、よろしく頼みます」
志勇が、わたしに向かってお辞儀をした。
ありがとうございます、思阿さん! あなたの一言で、旅の小娘の信用度が高まりました!
これは、何としても、志勇の姉さんを快癒水で元気にしてやらなくてはね!
小舟は、さらに枝分かれした細い水路に入っていった。
同じような小舟が、二艘だけもやってある小さな船着き場が見えてきた。
岸には男の人が一人立っていて、こちらに手を振っていた。
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