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その三 頑張りましたよ! ……その結果、寝てしまいました!
息せき切って、一人で呂老師の家に駆けつけたのはいいけれど、考えてみたら老師はわたしのことなど全く知らないのだった。
取り次ぎに出てきた書生風の取り澄ました少年は、「押し売りはお断りです!」と言って、わたしを睨み付けてきた。押し売り? まあ、そうかもしれませんが……。
家の前で、どうしたものかと困っていたら、ようやく友德様がわたしに追いついた。
彼が少年に、わたしの薬水のことを説明してくれたので、やっと中へ入れてもらえた。
やがて、取り次ぎに奥へ入った少年とともに、呂老師と思われるご老人が姿を現した。
いや、髪や髭は確かに白く、ご老人とお呼びしても差し支えないと思われたが、体はいたって頑健そうでたくましく、いかつい顔つきのお方だった。
「呂曙光と申します。忠良は、奥の部屋に寝かせてあります。あなたの薬水のお話、にわかには信じがたいのですが――。
何しろ酷い怪我ですので、苦しむ姿を見ているだけでも辛いものです。たとえ、痛み止め程度の薬であっても、一刻も早く飲ませてやりたいと思います。お願いできますかな?」
「はい、どうぞ、わたしにお任せください!」
「昭羽、ご案内しなさい」
「はい、老師!」
少年――昭羽の後に続いて、わたしと友德様は奥の部屋へ入った。
少し古ぼけた寝台に、忠良さんは寝かされていた。
岩棚から落ちたそうだが、どれほどの高さだったのだろう? 大変な大怪我だ。頭や腕には布が巻かれており、右足は動かないように添え木が当てられていた。右足は、皮膚が裂け血にまみれ、醜く腫れ上がっている。
一通りの手当てはされたようだが、忠良さんは、額に汗を浮かべ苦しそうに呻いていた。
わたしは、快癒水を取り出し盃に注いだ。
しかし、先ほどの静帆さんと違って、大怪我をしている忠良さんを動かすのは危険だ。盃から直接快癒水を飲ませるのは難しいかもしれない。
今日も、あの方法で飲ませるしかないかしら……。
わたしは、快癒水を口に含み、忠良さんの顔に自分の顔を近づけた。
もう少しで唇に唇が――というところで、グイッと後ろから肩を引かれた。
「あなたのような娘さんが、そこまですることはありません! わたしが代わりましょう」
友德様はそう言うと、わたしの手から盃を取り上げ、残っていた薬水を自分の口に含んだ。そして、わたしと入れ替わるようにして忠良さんに近づき、口移しでそれを飲ませた。
ま、まあ……、誰がやってもいいのですけど……。
どうか、快癒水が効いてくれますように!
わたしは、心の中で紅姫様に祈った。
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