海へ向かって

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海へ向かって

 翌朝、私はロールパンを持って浜辺に行った。時間が早いせいか、まったく人がいない。どうやら、ホテル周辺にいる物乞いはほとんどがアルバイトで観光客の出歩く時間にしか姿を見せない、という噂は本当のようだった。  私は肩すかしを食らった気分で波打ち際まで行った。海に入る気はしなかったが、そのうちカモメくらいは寄ってくるだろう。 「おはよう。ロールパンひとつ、くださいな」  気づくと四つくらいの女の子が足下にいた。私がパンを差し出すと、一握りの四角い石ころを差し出してきた。おままごとだろうか、石のお金でパンを買うつもりらしかった。 「気をつけて帰るんだぞ。よい一日を」  女の子が去って、渡された物をよく見ると、朽ちて変色した宝石箱だった。どうにか蓋をこじ開ける。中からダイヤの指輪が出てきた。 「まさか十年前の、あの指輪か」  辺りを見渡したが、女の子の姿はもうない。  ふいにカバンの中で着信音が鳴った。モルディブにいる、あの整備士からだった。 「発見! こんなゴージャスな漂流物あるか」  添付されていたのは、(さび)の回った小箱を開け、ダイヤの指輪を取り出す動画だった。どうやら海には無数の宝石箱と、それを手放すに至る男女間の事情が漂っているらしい。  思わず、「奇遇だな」と、返事を打ちかけてやめにした。ここの海はきっと、無価値のままでいる方がいいのだ。  私は箱の蓋を閉じ、海に向けて力いっぱいに放った。 (了)
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