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昼間は人で賑わっていた大通りも、日付が変わる時間ともなると、月明りと街灯のおぼろげな光の中で、ひっそりと静まり返っていた。
そんな人々が眠りにつく時間でも、おまわりさんの仕事は終わらない。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ん? ああ、サンタクロースじゃよ」
「……」
いかにも気難しそうなおまわりさんは、目の前の人物の姿を、険しい表情のまま改めて確認する。
上下ともに赤い服で、白く長いひげを生やした恰幅のいい老人。
確かに絵にかいたような『サンタクロース』そのものだが、
「なるほど……」
「む? 信じてもらえた、ということでいいのかのう?」
「いえ、面倒なので一旦そういうことにして、話を進めようかと思いまして」
「あ、そういう……」
しょぼんとする自称サンタさんに、おまわりさんは淡々と、
「それで、ここで何をしていたんですか?」
「それはもちろん、子どもたちにプレゼントを配ろうと――」
「まだ九月の終わりですよ」
「いや、その……、ほら、『あわてんぼうのサンタクロース』って歌も――」
「あわてんぼうで片付けるには誤差が大きすぎませんか? ハロウィンですら一か月後ですよ?」
「うっ、正論が痛いっ!」
大きな身体をキュッと縮めるサンタさんに、おまわりさんは小さく息を吐いて、
「それで、間違いだったと気づいたなら、もうお帰りになるんですよね? 帰りの手段がないならパトカーで送りますが、どうしますか?」
「いやいや、かなり距離があるからのう、普通の乗り物ではな……。そもそも、サンタとしてはパトカーに乗るのはちょっと……流石に……な?」
そんなことを照れ臭そうにサンタさんが言っていると、上空からシャンシャンシャンという、いかにもな音色が聞こえてきた。
「まさか……」
おまわりさんが見上げた先では、動く光の点が夜空に軌跡を残しながら、こちらに接近していた。
その軌跡がどこか不安定というか蛇行気味なことに、おまわりさんが『嫌な予感が……』とつぶやいた時には、
「うわぁぁぁぁぁぁ! どいてどいてぇぇぇぇぇ!」
光の点は、不時着気味に二人の横を通り過ぎていった。
「……」
「……」
何となく気まずい時間が流れ、お互い何と言ったものかと考えていると、
「あ! いた! ちょっとサンタさん! まさかと思ったけど、ホントに一人で行くなんて! 自分が極度の方向音痴だってこと忘れたんですか!」
「それは分かっておったが、トナカイくんが今日は無理だって言うから――」
「当然でしょう! こっちはクリスマス以外にも予定が入ってるんですよ!」
「それだとわしがクリスマス以外何もしてないみたいにならないかのう……」
二人のやりとり、もとい、一人と一匹のやりとりに困惑するおまわりさん。
先程までは疑うのも面倒だと流していたところに、この光景である。
「トナカイが喋ってる……、ソリも何か浮いてる……」
完全に固まっていると、それに気づいたトナカイくんが、
「あっ! ごめんなさいねうちのサンタが……、何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
「あ、いえ、特には……」
何もなかったというより、何も考えられないまま返事をするおまわりさん。
トナカイくんは慣れた様子で続けた。
「本当に? それならいいんですけど……。あ、そうだ、これ地元の銘菓です、お世話になったお礼ということで……」
「あ、これはご丁寧にどうも……」
差し出されたものを反射的に受け取ったおまわりさん。
少しして、職務上受け取ってよかったのか、という疑問が浮かんだものの、
「ほら! さっさと帰りますよ!」
「え、せっかく来たんじゃから、もう少し観光とか……」
「こっちも本調子じゃないんですよ! クリスマスに最高のパフォーマンスを出来るようにって一年かけて調整してるってのに!」
トナカイくんに急かされるまま、バタバタとサンタさんはソリに乗り込むと、一言二言挨拶をしてから、シャンシャンシャンと夜空へ消えていった。
そして残されたおまわりさんはというと、
「……うん、忘れよう」
そうつぶやいて、クリスマスとイブの日には休暇を取るか、他の警官に夜間のパトロールを頼もうと決めたのだった。
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