竜の名は……

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竜の名は……

『――聞こえるか、美味なる少年よ……』  今度はもっとハッキリ聞こえた。 「竜の……声?」  まさかね。  喰われる恐怖と絶望で幻聴が聞こえているだけかも。  でも、思い出してきた。  孤児院で孤独だった僕は、いつも物思いに耽り、思索する事が好きだった。  辛いときは読み古されたボロボロの絵本を読み空想に逃げた。  だからこれも妄想の、夢なのかも……。 「うぅ……」  涙と鼻水を流しながら情けない呻き声をあげるのが精一杯な僕に、出来ることはもう……。 『――聞こえとるようじゃのぅ? ワシの声が聞こえるのなら、美味なる少年よ……ちいっと静かにせぬと本当に食ってしまうぞ』 「……って、もう食べてるじゃん」  苦笑いするしかない。  相手が幻聴でも皮肉の一つぐらい言ってやりたい。  僕なんて痩せっぽちで弱くて、美味しくないのに残念でした。  あぁ最後に名前は思い出せた。  僕は――ハルトゥナ。  戦災孤児としてエフタリア王国の孤児院にいた。  12歳になったある日、施設の養母は「いい働き口を見つけといたよ」と言って、迎えに来た馬車に僕を押し込んだ。  怪しげな御者の男から金貨三枚を受け取るのを見たとき、嫌な予感がした。  邪悪な魔法使い同士が起こした魔竜戦争で疲弊しきった王国に、まともな働き口なんてあるはずもない。  身売りされた子供たちはみんな酷い目にあうと聞いていた。タダ働きをさせられたり、奴隷みたいにて地下で穴掘りさせられたり……。  そんな「最悪の予感」は裏切られた。  もっと最悪の悪夢として。  僕は「ドラゴンのエサ」として買われたってことだ。  こんな酷い話って、ある?  馬車の中で急に眠くなって、どこかへ運ばれて……。  気がついたら暗い檻の中。目の前にはお腹をすかせた竜がいて、バクリと丸のみ。 「……はは……。エサにするならもっと美味しそうな子を……を選べばよかったのにね」  せめてもの一言だけど最弱な僕にはこれが精一杯。  英雄みたいに強かったら……ドラゴンを倒せたのになぁ……。 『――少年の血のおかげで』  竜の目、黄金色の光彩が、ゆっくりと開かれてゆく。 『――ワシも僅かながらに自我と記憶を取り戻せたようじゃ……。ワシは真祖竜……アーキドラゴンの正当なる血族アギュラディアス。ワシの魔素(マナ)がヌシの身体に入り、恩寵を与えたのじゃ……声が聞こえるか?』  途切れ途切れに、頭の中に言葉が流れ込んでくる。  性別もわからない、若いようで年老いているような不思議な声。  だけど理解できた。信じられない事だけれど声の主は、食らいついているドラゴンのものだ。  さっきよりずっと優しい色の瞳がじっと僕を見つめている。僕をかみ砕くことも、飲み込むこともなく。ドラゴンが発する声が、頭の中に聞こえてくる。 「……本当に、君が……喋ってるの?」 『――そうじゃ』 「うそ……」 『――嘘ではない。ワシの名はアギュラディアス。かつては賢隆……人の知恵をもつ竜と呼ばれておったのじゃが……』 「アギュラディアス」  すごい!  それが(きみ)の名前なんだね。
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